384 イケメンどもが描いた絵なんていらねぇ……っ!


 が、俺に断られても、ヴェリアスはまったくめげない。


「も~っ、ハルちゃんってば照れちゃって~♪ オレの描いた絵を見れば、きっと欲しくなるって♪」


 ならねーよっ、そんなの! お前のその自信はどこから湧いて出てくるんだよ……っ!


 っていうか、美術部員達の前でよくそんなことを言えるなっ!


 ヴェリアスの発言にイケメンどもがざわつく。


「なるほど! ハルシエルを描いてプレゼントか……っ!」


 おいっ、ディオス!? めちゃくちゃいいコトを聞いた! みたいな顔で感嘆の声を上げるなっ! 正気か!? ほんとにヴェリアスの発言に乗っかる気か!?


「これは、気合いを入れて描かないといけないね」


 優雅ながらもやる気に満ちあふれた笑みを浮かべたのはリオンハルトだ。


 おいっ! お前までヴェリアスの案を受け入れる気か!? しっかりしろ、リオンハルト!


「絵を描く……っ!?」


 怜悧れいりな面輪をしかめて呟いたのはクレイユだ。


 おおっ! さすがは生真面目すぎるところがあるクレイユ! いきなり美術部の活動に参加するなんて、どう考えても迷惑だもんな……っ!


 頼む! 変なやる気を出したリオンハルト達を止めてくれ!


 俺はリオンハルト達が描いた絵をプレゼントなんてされたくねぇ――っ!


 そんなの捨てるに捨てられないし、一番処分に困るヤツじゃねーかっ! そもそも受け取りたくもねぇ……っ!


 俺が期待のまなざしで見つめる中、クレイユが真剣な面持ちで口を開く。


「絵は鬼門だが……。ここは、ハルシエル嬢のために努力しなければならないな……」


 ……うん? なんか予想してたのと違う言葉が出てきたんだが……っ!


「クレイユ、美術は苦手だもんね……。でも、ぼくもあんまり得意じゃないけど頑張るから、一緒に頑張ろう!」


 エキューが天使な笑顔でクレイユを励ますが……。


 ちょっと待て!? それはお前らも参加するってことか!?


 クレイユ! 努力する方向を間違えてるぞ! そこはリオンハルト達を止める方向で努力するべきだろっ!


「ハルシエルちゃん! ぼく頑張って描くね! ……よかったら、ぼくのも受け取ってくれる?」


 きゅるん、と擬音が聞こえてきそうな可愛さでエキューが小首をかしげる。


 いやそのエキュー……。気持ちはありがたいけど、その……。


 うぉおお……っ! ヴェリアスと違って、純真なエキューの言葉を否定するのは、罪悪感が半端ない……っ!


 どうしよう!? どうやったらエキューを傷つけずにうまく断れるんだ……っ!?


 と、内心で冷や汗をだらだら流す俺の耳に、天上の調べと聞きまごう美声が届く。


「申し訳ございません、リオンハルト様。図書館に寄っていたので遅くなってしまいましたわ」


 優雅な足取りで現れたのは――イゼリア嬢だ。


 イゼリア嬢がいらっしゃった瞬間、掃除の行き届いた廊下が、さらにひときわ輝いたように感じられる。


 きゃ――っ! えっ!? もしかしてイゼリア嬢も来てくださったんですか……っ!?

 俺がモデルを務めるから激励にとか……っ!?


 今日は放課後はお会いできないと嘆いていたのに、イゼリア嬢とお会いできるなんて……っ! 嬉しいですっ!


 お昼休みに廊下からちらっとお姿を拝見して以来数時間ぶりですけれど、相変わらず麗しくてどきどきしちゃいますっ!


「イゼリア嬢も来てくださったんですね! 嬉しいですっ! ありがとうございます! 文化祭の時も感じましたけれど、イゼリア嬢は芸術に造詣が深くていらっしゃいますもんね……っ! そんなところも素敵で見習いたいですっ!」


 エキューの問いかけから逃げるようにイゼリア嬢に走り寄り、満面の笑みで礼を言う。と、イゼリア嬢が細い眉を不愉快そうに寄せた。


「勘違いしないでくださるかしら。あなたがモデルになるのを見に来たわけではありませんわ。ただ、リオンハルト様にお誘いいただいたのを断るのは失礼だと思って……っ」


 リオンハルトの隣に並んだイゼリア嬢が、ちらりとリオンハルトの端麗な面輪を見上げる。


 なるほど……。生徒会長直々に誘われたら、真面目なイゼリア嬢は断りにくいに違いない。


 けど、リオンハルト、今回ばかりはよくやった! 超ナイス! 心から褒めたたえてやる!


「だとしても、イゼリア嬢が来てくださるなんて本当に嬉しいです……っ! ありがとうございますっ! イゼリア嬢が見てくださるのなら、私、立派にモデルを務められそうな気がします!」


「ほう。それは頼もしいね」


 にや、と楽しげに唇を吊り上げたのはピエラッテ先輩だ。


「では、時間も惜しいし、さっそく着替えてもらおうか」


「えっ!? 着替えまでするんですか!?」


 まさか着替えまで要求されるとは思っていなかった。


 いったいどんな服を着させられるのかと、思わず警戒するものの。


「ああ、最初は制服のままでいいかと思ったんだけれどね、文化祭での『白鳥の湖』を見て、気持ちが変わったんだよ。あの黒鳥オディールは素晴らしかった……っ! 強気な言動の奥に隠れた繊細な心! ラストの父である魔王ロットバルトと決別してクレインを選び取るシーンは胸が熱くなったね!」


 おお……っ! こんな真正面から『白鳥の湖』の劇を褒められると面映おもはゆい……っ! けど、同時に嬉しくなってしまう。


 さすがですっ、シャルデンさん! シャルデンさんの脚本がばっちり観客の心を掴んでますよ……っ!


 今度、『コロンヌ』で会ったら、伝えないとな!


 あ、いや。もしかして、仲直りしたしクレイユから伝えてるのかも……。


 ちらりとクレイユをみやると、まだ難しい顔のままだ。


「……つまり、わたしもクレインの衣装に着替えて、オディールと一緒に描いてもらったほうがいいということか……?」


「はいっ!? クレイユくん、しっかりして! どこをどう解釈したら、そういうことになるの!?」


 おいっ、ほんとに落ち着け! なんでクレイユと並んでモデルにならなきゃいけないんだよっ!


 即座にツッコんだ俺に続いて、ヴェリアスも口を開く。


「だよねぇ~♪ オディールと並ぶんなら、魔王ロットバルトに決まってるよね♪」


「オディールに捨てられたロットバルトは黙っててもらえますか?」


「ひどっ! 『お父様、お父様』って、あんなに可愛かったオディールが不良になった……っ! オレがあ~んなに溺愛したっていうのに……っ!」


 よよよっ、とヴェリアスが芝居がかった様子で涙をぬぐうが、知るか!


 むしろお前に育てられたらこそ、あんなオデット姫に呪いをかけるような娘に育ったんだろーが!


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