383 家の用事と言っておけばよかったのに、俺の馬鹿!


(なんでこんなことに……っ! 俺はただ、彫刻を借りただけなのに……っ! ああもうっ、家の用事とでも言っておけばよかったよ! 俺の馬鹿――っ!)


 文化祭が終わった三日後。


 俺は、美術室の前の廊下で、今日の生徒会を欠席する理由をうっかり正直に答えてしまった三十分前の己を罵倒していた。


 文化祭では、一年二組は『ラ・ロマイエル恋愛詩集』をテーマにした展示を行った。


 その際、美術部の部室の奥に眠っていた、現在は新進気鋭の若手彫刻家として世界的に有名なジェケロット氏の学生時代の作品を展示したんだけど……。


 借用するために美術部の部長のエレナ・ピエラッテ先輩に出された条件が、『文化祭が終わった後、美術部でモデルを務めること』だったのだ。


 イゼリア嬢も愛読されている『ラ・ロマイエル恋愛詩集』の展示を素晴らしいものにするためならば、何時間か椅子に座ってじっとしていることなんて、何ということもない!


 というわけで、一も二もなく了承し、今日の放課後が初めてモデルを務める日だったんだけど……。


 午前中の休み時間、『これって、イゼリア嬢とお話するチャンスじゃね!?』と思いつき、今日の生徒会を休むという伝言をイゼリア嬢にお願いしようと、いそいそと一年一組に行ったのだが、あいにく、イゼリア嬢は席を外されていた。


 代わりに、俺の姿を見た途端、さっと席を立ってやってきたクレイユとエキューに、


『きみが一組に来てくれるなんて、珍しいな。何か困りごとでもあったのか? わたしに話してくれたら、全力で解決に取り組もう』


『わぁっ! ハルシエルちゃんが僕達のクラスに来てくれるなんて嬉しいな! 何かあったの?』


 と尋ねられ、つい正直に、今日の放課後は美術室に行くから、生徒会に顔を出せないと伝えた瞬間、なぜかクレイユの顔が凍りついた。


『文化祭の時に話していたモデルの件か! そうか、今日……』


 何やら考え込み始めたクレイユとは対照的に、エキューはにこやかに、


『そっかぁ。来れないのは残念だけど、頑張ってきてね! ハルシエルちゃんの絵ができあがったら、僕にも見せてね!』


 と応じてくれたので、エキューに伝言を頼んで、自分のクラスに戻ったんだけど……。


 放課後、美術室に来ると、なぜかイケメンども姉貴とシノさんまでもが勢ぞろいしていたのだ。


 はっ!? なんで!? なんでイケメンどもがそろって美術室に来てるんだよ……っ! 

まったく理解できねぇ……っ!


 っていうか、なんで姉貴とシノさんまで来てるんだよっ!?


 わけがわからず戸惑う俺に、リオンハルトが優雅な笑みを浮かべて告げる。


「ハルシエル嬢がモデルを務めるというのなら、ぜひ見学させてもらいたいと思ってね。文化祭でも美術部の展覧会は大盛況だったし、部長のピエラッテ嬢は学生ながら素晴らしい腕前だと聞いている。たまには芸術にふれて心を豊かにする機会も必要だろう? きみがモデルを務めるなら、いい機会だしね」


 どこがいい機会だよ!?  人がモデルをしてるのを見る気か!? そんなの見て何が楽しいんだよ……っ!? 暇人か、お前ら!


「ちゃんと、ピエラッテ嬢の許可は取ってあるぞ」


 真面目な様子で口をひらいたのはディオスだ。


「許可というか……。部員達に押し切られたんだけれどね」


 ふぅ、とひとつ吐息して肩をすくめたピエラッテ先輩が口を開く。


 つややかなストレートの栗色の髪を肩のところでばっさり切ったピエラッテ先輩は、さばさばした口調で、男の俺でも話しやすい印象だ。


 ただ、彫像を借りる時の交渉でも感じたけれど、芸術家肌というか、ちょっと浮世離れしているところがあるというか……。


 独特な雰囲気を持っているなと思う。


 ピエラッテ先輩がちらりと視線を向けた先は、美術室の窓だ。そこには美術部員達が鈴なりになり、うっとりとイケメン達を見つめている。


「リオンハルト様達が来てくださるなんて……っ! 夢みたい……っ!」


「わたくし、今日ほど美術部に所属していてよかったと思った日はございませんわ……っ!」


「ああ……っ! 奇跡が起こって、生徒会の皆様もモデルになってくださったりしませんかしら……っ!」


 さざめく令嬢達はみな頬を染め、夢見るようなまなざしでイケメンどもを見つめている。


 とっくの昔に見慣れたけど、あらためて見ると、ほんっと全員、顔だけはやたらといいもんな……。


 何気に腐女子大魔王の姉貴でさえ、どこからどう見てもイケオジだっていうのかなんか腹立つ……っ!


 まあ、口を開いて腐妄想を語り出した時点で、アウトだけどなっ!


 だが、今日はやけに俺にも視線が来るなと思っていたら、別の窓には美術部員の男子生徒達がひとかたまりになり、俺に熱い視線を向けていた。


「まさか、オルレーヌ嬢にモデルを務めてもらえるなんて……っ! ほんと夢みたいだ……っ!」


「彫像を貸し出す代わりにオルレーヌ嬢にモデルを頼んでくれるなんて……っ! おれ、部長のことを見直したよ……っ!」 


「これは大チャンスだぞ! おれの腕前ではどこまでオルレーヌ嬢の可憐さを描けるかわからないけど、全力を尽くしてみせる……っ!」


 おお……っ! なんか、すごい熱意だ……。美術部員以外をモデルに呼ぶことなんて珍しいだろうから、やる気になっているのかもしれない。


「……これは、やはりわたし達も来て正解でしたね」


 ちらりと男子生徒達を冷ややかに一瞥いちべつしたクレイユが低い声で呟く。


 うん? なんでイケメンどもが来るのが正解なんだろ……? リオンハルトとディオスも真面目な顔で頷きあってるし……。


「ごめんね、ハルシエルちゃん。でも、邪魔するつもりはないからね!しっかりモデルを務めてね!」


 ぐっ! と拳を握りしめたエキューが、笑顔で応援してくれる。


「ありがとう。でも、大丈夫よ。私はただじっとしているだけだもの」


「ハルちゃんがモデルを務めるんなら、オレも描かせてもらおうかな~♪ 描いたスケッチはハルちゃんにプレゼントするから、楽しみにしててよ♪ 部屋に飾ってくれていーよ♪」


 ウィンクをしてとんでもないことを言い出したのはヴェリアスだ。


「いや、そんなヴェリアス先輩に絵を描いてもらった上にそれをもらうなんて、結構ですから!」


 間髪入れずに冷ややかに断る。


 いらねぇ……っ! そんなプレゼント、マジでいらないから! なんでヴェリアスが描いた絵を俺の部屋に飾らないといけないんだよ……っ!


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