382 まさか、イゼリア嬢と一致したなんて……っ!


 ふぉおおお……っ! こ、これがイゼリア嬢がデザインなさったペン……っ!


 俺は息を詰めて、ようやく俺の手元に回ってきたイゼリア嬢がデザインなさったペンを見つめる。


 きゃ――っ! 事前に知っていたとはいえ、実際に同じ薔薇とうさぎのデザインを見ると、新たな感動が湧き上がってくる……っ!


 少しでも俺のデザインと似ていると嬉しいなと祈るような気持ちで手元のペンに視線を落とした俺は、ペンを見た瞬間、目をみはった。


 光沢のあるマホガニーの中で一輪の薔薇を抱きしめ、可愛らしく小首をかしげているのは――。


 なんと、黒いうさぎだ。


 え……っ!? 嘘だろ……っ!?


 まさか、イゼリア嬢も黒うさぎにしてらっしゃったなんて……っ! 何このすごい偶然っ!


 ほんとに!? 俺、おそろいがいいと願うあまり、幻を見てるんじゃない……っ!?


「まさか……っ! イゼリア嬢も黒いうさぎを選んでらっしゃったなんて……っ!」


 感動のあまり、思わずかすれた声をこぼし、対面に座るイゼリア嬢を見やると、ぱちりと視線があった。


 アイスブルーの瞳はいぶかしげに細められている。


「オルレーヌさん、あなた……」


「ち、違いますっ! 完全に偶然です……っ!」


 疑わしげな表情に、ぶんぶんぶんっ! とかぶりを振る。


 そ、そりゃあ、ローデンスさんや職人さん達に、イゼリア嬢はどんなデザインにされているんですか? って、ことあるごとに探りを入れてたけど……っ!


 ローデンスさんには『他の方を参考になさるのもよいですが、ハルシエルお嬢様のペンなのです。ご自身が一番よいと思われるものを選ばれるのがよいと思われますよ』と、やんわり断られてしまったし、他の店員さんも、あんまり教えてくれなかったし……っ!


「そ、そのっ、まさか黒うさぎがイゼリア嬢と重なるなんて、思ってもみなくて……っ! イゼリア嬢とこんな部分までおそろいなんて、すっごく嬉しいですっ! 光栄です……っ!」


 感動に打ち震えながら告げると、イゼリア嬢の目がさらに細くなる。


 が、イゼリア嬢が言を継ぐより早く、口を開いたのはエキューだった。


「うさぎと言えば白いイメージだけど、黒うさぎだって可愛いよねっ! ペンの色合いにも似合うだろうし、二人ともセンスがいいんだねっ!」


 邪気ひとつないエキューの笑みに、イゼリア嬢が気勢をそがれたような顔になる。


「エキュー様にお褒めいただけるなんて、嬉しいですわ。そ、そうですわね。生徒会の一員として過ごすうち、オルレーヌさんも皆様の薫陶くんとうを受けて、少しはセンスが磨かれたのかもしれませんわね」


 イゼリア嬢……っ! そんな風に言っていただけるなんて、嬉しいです……っ!


 俺を生徒会の立派な一員だと認めてくださったばかりか、成長まで認めてくださったっていうことですよね!? 嬉しすぎますっ!


「ええっ、そうなんです! イゼリア嬢という素晴らしい御方がすぐおそばにいらっしゃいますから……っ! きっと、イゼリア嬢の影響を受けたに違いありませんっ!」


 ここぞとばかりに首が千切れそうなくらい、こくこくこくっ! と大きく頷く。


 何の打ち合わせもしていないのに、黒うさぎがかぶるなんて、これはもう、運命としか言いようがないんじゃね……っ!?


「さすが、イゼリア嬢がデザインされただけありますねっ! 同じ薔薇とうさぎでも、私がデザインしたものより、何倍も素敵です!」


 一輪の薔薇を抱きしめるうさぎの表情は、見ているこちらの胸がきゅんとなりそうなほど愛らしい。


 何より、装飾に黒を使っている俺のペンとは対照的に、金を装飾に使っているイゼリア嬢のペンは、優雅活華やかで、高貴な印象でイゼリア嬢にぴったりだ。


 はぁ~っ! 自分のペンも何時間だって見つめていられるけど、イゼリア嬢のこのペンも、飽きることなくず――っと見つめてられそう……っ!


 いやむしろ、堂々と手に取って眺められるのは今だけかもしれないんだから、しっかり目に焼きつけておかないとなっ!


 俺は穴が開きそうなほどじっくりとイゼリア嬢のペンを見つめる。


 は~っ、見れば見るほど素敵だぜ……っ! イゼリア嬢は、いったいどんなことを考えながら、このデザインを選ばれたんだろう……?


 きっと、真面目なイゼリア嬢のことだから、真剣な面持ちでデザインを選ばれたんだろうな……。そんなとろこも素敵ですっ! 叶うことなら、選んでらっしゃるイゼリア嬢のおそばにはべって、横顔をじっくり見つめたかった……っ!


「……ハルシエルちゃん? そろそろいいかな?」


「……へっ? あっ、ごめん……っ!」


 真剣にイゼリア嬢のペンを見つめていた俺は、隣に座るエキューの遠慮がちな声に、はっと我に返る。いつの間にか、次の相手に回す時間になっていたらしい。


 くぅぅっ、もう手放さないといけないなんて、残念過ぎる……っ!


 イゼリア嬢、また俺のペンと見せ合いっこして、どんな風にデザインを選んだのかとか、話に花を咲かせましょうね……っ!


 文化祭で少しは距離が縮まったはずだし! きっとそのうちチャンスがあるハズ……っ!


 また手に取る日を夢想しながら、俺は仕方なく次のクレイユにペンを回したのだった……。


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