381 初めて作ったペンに感動もひとしおだろう


 感動にひたる俺に、にこやかな笑みを浮かべて話しかけてきたのはリオンハルトだ。


「ハルシエル嬢は『クレユ・アティーユ』でペンを作ったのは初めてだからね。感動もひとしおだろう」


「気持ちはわかるぞ。俺も初めて『クレユ・アティーユ』で作ったペンを使った時は、感動したものだ」


 リオンハルトに続いて、昔を懐かしむように頷いているのはディオスだ。ヴェリアスも楽しそうに口を開く。


「うん。さしものオレも、『クレユ・アティーユ』のペンが一流なのは認めるね♪」


 おいっ、ヴェリアス! なんだ、その上から目線は! 何様なんだよ、お前は!?


 しみじみと感嘆の声をこぼしたのはクレイユだ。


「本当に素晴らしいペンですね……。ここぞという時に使いたい逸品いっぴんですね」


 ちらりとクレイユがこちらを見やる。


 うん? 期末テストで使うつもりなんだろうか……。俺にはもう負けないっていう遠回しな宣戦布告か?


「本当に素晴らしいペンですわ……」


「ええっ、本当ですね! イゼリア嬢のおっしゃるとおりです!」


 ほう、と感嘆の吐息をこぼし、ペンを見つめながらうっとりと呟いたイゼリア嬢に、即座に追随ついずいする。


 ローデンスさんが上品な笑みを浮かべた。


「皆様にお気に召していただいたようで、何よりでございます。もし、何か不備などがございましたら、遠慮なくお申し付けください」


 深々と一礼したローデンスさんが、「それでは、わたくしはこれで失礼いたします」と退室する。


 背筋に一本線が走っているような姿勢のよい後ろ姿を、なんとなく全員で見送り。


 ペンを手に持つテーブルの面々を見回したエキューが、珍しく遠慮がちな声を上げる。


「みんながデザインしたペンもとっても素敵だよね! その……。もしよかったら、クレイユや他の人のペンも見てみたいなぁ……」


 だめかな、と首をかしげたエキューの可愛らしさに反対できる者がいるわけがない。


「それはよいね! わたしも見させてもらいたいね!」


 身を乗り出して一番に賛成の声を上げたのは姉貴だ。


 確かに俺も、イゼリア嬢がどんなペンを作られたのは超気になってるのはもちろん、他のイケメンどもがどんなペンを作ったのかは気になる……っ!


 俺が『クレユ・アティーユ』でオーダーメイドのペンを作るなんて、この先、一生ないだろうからな!


 せっかくの機会だから見てみたいっ! エキュー、ナイスな提案だぜっ!


「では、自分の右側の相手に渡すことにして、順番に見ていくことにしようか?」


 リオンハルトの提案にみんなが同意し、右側に座る相手に渡す。


 俺が渡されたのは左に座るディオスのペンだった。


 今日は姉貴の提案でくじで座る席を決めている。『神様仏様女神様っ! どうかイゼリア嬢のお隣に座らせてください……っ!』と祈って引いたのだが、残念ながらイゼリア嬢は丸テーブルの対面になってしまった……。


 けど、麗しのお顔がばっちり見えるからそれはそれでよし!


「ディオス先輩は馬を選ばれてましたよね」


 ディオスのペン軸には、風をきって走る馬の装飾が施されている。手に納まる細いペンの装飾だというのに、まるでおとの音が聞こえてくるのではないかと思えるような躍動感だ。


「やっぱり、愛馬のエクレール号をイメージされたんですか?」


「ああ。最近はなかなか遠駆けに出かける機会が減ってしまってるんだがな……。冬休みになったら、山の別荘に行く予定なんだ。エクレール号も連れてな。しんと澄んだ空気を味わいながら、雪景色の中を走るのもなかなかいいものなんだ」


 俺の問いかけに、ディオスが笑顔で答える。


「エクレール号、一度だけ乗せてもらいましたけれど、ディオス先輩の言うことを素直に聞いて、とってもいい子でしたもんね!」


 告げた瞬間、夏休みのごほうびデートで、エクレール号にディオスと二人乗りして、たくましい腕に後ろから抱きしめられた時のことを不意に思い出し、ぱくんと心臓が跳ねる。


 い、いやいやいやっ! 思い出さなくていいからっ! 思い出すんならイゼリア嬢との思い出をリフレインしろよ……っ!


「ハルシエル、もしきみさえよかったら……」


「こ、こんな躍動感のあるデザインを選ぶなんて、ディオス先輩って、センスもあるんですね! さすがです!」


 ぱくぱくと速くなった鼓動をごまかすように早口で告げると、「あ、ああ……」とディオスがぎこちなく頷いた。


 うん? どうしたんだろ? あっ、いまの言い方って、なんかいままではディオスにセンスがないと思ってたっていう風に受け取られた……?


 いやっ、そんなことないから! ディオスはほんと尊敬できる先輩だし!


「ディオス先輩、見せていただいてありがとうございました」


 ディオスの赤毛にあわせてだろう。さりげなく刻まれている薔薇は赤色だが、派手派手しい感じはいっさい受けず、むしろ細いペンだというのに力強ささえ感じる。いかにもディオスらしい。


 他の面々も見せてもらったペンの感想を言い合っている。


 そんな感じで順番が進み……。


 ついに、今か今かと待ちわびていたイゼリア嬢のペンが俺の手元に回ってくる。


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