男なのに乙女ゲームのヒロインに転生した俺の味方は、悪役令嬢だけのようです ~ぐいぐい来すぎるイケメン達にフラグより先に俺の心が折れそうなんだが~
379 ようやくできあがったイゼリア嬢とおそろいのペン
379 ようやくできあがったイゼリア嬢とおそろいのペン
俺はテーブルに身を乗り出して、テーブルに歩み寄るローデンスさんの一挙手一投足を注視する。
イケメンどもは『クレユ・アティーユ』のペンなんて初めてじゃないだろうに、まるで俺の緊張がうつったように、イケメンどももローデンスさんが持つアタッシェケースに注目している。
ローデンスさんがアタッシェケースをテーブルの中央に置くと、丁寧な手つきで留め金を外す。
「わぁ……っ!」
ぱかり、とケースが開いた瞬間、俺は思わず感嘆の声を上げていた。
ケースの中に入っていたのは、八本のペンだ。
ペン……。うん。ペン、だよな……?
思わず疑問に思ってしまった理由は、照明を受けてつややかに輝くペンが、まるで不用意にふれてはいけない芸術品のように思えたからだ。
俺が魅入られたようにペンを見つめている間に、白手袋をはめたローデンスさんが、一番装飾の少ないペンを手に取る。
薔薇のモチーフだけがついているペンは、姉貴のものだ。
「どうぞ、お確かめください」
恭しく差し出されたペンを受け取った姉貴が、ためつすがめつペンを眺めてから、にこやかに微笑む。
「さすが、王室御用達店の『クレユ・アティーユ』だ。見事な出来栄えだね。素晴らしいよ!」
ふだん、理事長らしく猫をかぶった穏やかな微笑みか、他人が見ていないところで婦女子の本性をさらけ出した「うぇっへへへへ」という不気味な笑いくらいのどちらかが多い姉貴が、珍しく素直に感嘆をあらわしている。
「お褒めにあずかり恐縮です」
にこり、と上品ながらも商品に対する揺るぎない自負を感じさせる笑みを浮かべ、ローデンスさんが一礼する。
「どうぞ、書き味もご確認ください」
ローデンスさんが差し出した高そうな紙に、姉貴がさらさらとペンを走らせる。
大丈夫か!? 喜びのあまり、『腐妄想万歳!』とか『どのカップリングも超絶おいしいです!』とか書いてないだろうな!?
余計な心配だと思いながらも、ついつい気になってしまう。
が、姉貴はちゃんと理性が働いたらしい。ローデンスさんを見上げると、満足そうに頷く。
「書き味もすこぶるいいよ。さすが、『クレユ・アティーユ』の品だね」
「それはようございました。もし、何か気になる点がございましたらお申し付けください」
ローデンスさんが姉貴の次にリオンハルトにペンを渡す。
第二王子であるリオンハルトより、姉貴を優先したのは、ペンの代金を出したのは姉貴だからというのと、学園内では理事長である姉貴のほうが立場が上だからだろう。
リオンハルト達にもペンと試し書き用の紙を渡して回ったローデンスさんが、最後に、どきどきしながら順番を待つ俺のところへやってくる。
「お嬢様、申し訳ございません。たいへんお待たせいたしました」
孫のような年の俺に、ローデンスさんが丁寧に詫びてくれる。
「いえっ、とんでもないです!」
ふるふるとかぶりを振った俺に、ローデンスさんがアタッシェケースの中に最後に残っていたペンを恭しく差し出してくれる。
「こちらがハルシエルお嬢様のペンでございます。いかがでございましょう? ハルシエルお嬢様がとても
ローデンスさんの言葉に、何度も打ち合わせをいて、あれこれ細かくペンの仕様を決めた時のことを思い出す。
あれはほんっとに大変だった……っ!
モチーフは薔薇とうさぎを使って、装飾はイゼリア嬢の髪の色である黒、軸はマホガニーで……。とそこまでは決まってたけど、そこからが長かったんだよなぁ……っ!
やれ、モチーフはどんな形のものをどこにつけるとか、黒の装飾とひとくちに言っても、黒も驚くくらいいっぱい種類があって……っ!
黒って、『黒』っていう一色じゃないって、生まれて初めて知ったよ!
漆黒とかランプブラックとか、
迷った末、俺が選んだのは濡烏色だ。
昔から綺麗な黒髪のことを烏の濡れ羽色って言うもんな! つややかな濡烏色は、イゼリア嬢の髪のイメージにぴったりだ。
その他にも、薔薇やうさぎのモチーフだって、こんなのもう、何を選んだらいいかわかんねぇ……っ! って頭が痛くなるくらい大量のデザイン画の中から選ぶ必要があったし、俺の手になじむようにと重さや形の微調整もあったし……っ!
絶対に自分では買えない値段のものだからこそ、失敗できないと気を張ったところはもちろんあるけれど、俺が頭から煙が出るんじゃないかと思うくらい、悩みに悩みまくった最大の理由は、このペンがイゼリア嬢とおそろいのペンになるからだ。
もうほんと、一生分、悩んだんじゃないかと思うほど、毎回の打ち合わせではローデンスさん達にいろいろ聞きまくって選んだもん!
もちろん、ぬかりなく『イゼリア嬢はどんなデザインになさっているんでしょう……? ぜひぜひ参考に教えていただきたいです!』って、リサーチすることも忘れなかったぜ!
そうやって、悩みに悩んで作ってもらったペンが、いま目の前にあるなんて、感無量だ。
「ハルシエルお嬢様、どうぞ。手に取ってお確かめください」
にこやかに微笑んだローデンスさんが、白手袋をはめた手で、恭しくペンを差し出してくれる。
けど……。
俺は、凍りついてしまったかのように、ペンに手を伸ばすことができなかった。
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