378 『クレユ・アティーユ』に注文していたペンと言えば……っ!


 姉貴の言葉に、テーブルにどよめきが走る。


 もちろん、俺だって冷静ではいられない。


 だって、『クレエ・アティーユ』に注文していたオーダーペンといえば、イゼリア嬢とおそろいのペン……っ!


 いや、イケメンどもとも、薔薇のモチーフがおそろいのデザインだけど、そこはどうでもいいっ!


 俺にとっては、イゼリア嬢とおそろいってところが重要なんだからっ!


 そっかぁ……。オーダーメイドだから、時間がかかるって聞いてたけど、ようやくできたのかぁ……。


 それぞれペンを装飾するモチーフを決めたのは、まだ一学期の時だ。


 王城の薔薇園で開かれたお茶会で、イゼリア嬢と同じモチーフにするべく奮闘した時のことが、昨日のように思い返せる。


 でも、おかげでモチーフのうさぎまで、イゼリア嬢とおそろいだぜ……っ!


 イケメンどもとは薔薇のモチーフは共通だけど、動物はそれぞれ別の動物を選んだから、薔薇にうさぎと、モチーフまでまったく同じなのは俺とイゼリア嬢だけっ!


 装飾に使う色は、俺がイゼリア嬢の髪の色である黒で、イゼリア嬢が金色とそこは別だけど、これはもう、色違いのお揃いといって過言じゃないっ!


 ちなみに、モチーフを決めた後は、『クレユ・アティーユ』の店長である上品な紳士、ローデンスさんをはじめ、職人さん達がわざわざ学園や家にまで来てくれて、個別に細かい仕様などの打ち合わせをした。


 もちろん、オーダーメイドでペンなんて作ったことのない俺は、一から十まで懇切丁寧に教えてもらったのは言うまでもない。


 本当はイゼリア嬢にも相談したかったんだけど、ちょうど夏休み期間中だったこともあって、断られたんだよなぁ……。


 ともあれ、でデザインを決めたから、どんなペンができあがるのか、おおよそはわかっているものの、それでも楽しみで仕方がない。


「では、さっそくローデンス氏に来てもらおうか」


 姉貴の言葉に、控えていたシノさんがさっとうごき、扉の外へ出ていく。と、待つほどもなく扉がノックされた。


「失礼いたします」


 と、恭しく一礼して入ってきたのは、もちろんローデンスさんだ。手には黒いアタッシェケースを持っている。


「皆様、大変お待たせいたしました。ご注文いただいておりましたペンが、ようやく完成いたしました」


 きっちりと直角に折っていた腰を伸ばしたローデンスさんが、テーブルにつく俺達を見回し、優雅に微笑む。


 ロマンスグレーの髪にダークグレーのスーツを着たローデンスさんは今日も文句なしに上品な紳士だ。


 見た目だけはイケオジだけど、中身は腐女子大魔王というエセ紳士な姉貴とは安心感がぜんぜん違う。やっぱり紳士はこうでなくっちゃな!


「楽しみに待っていたよ。さあ、さっそく見せてもらえるかい?」


 両手をこすり合わさんばかりに、姉貴がうきうきとはずんだ声でローデンスさんを促す。


 イケメン達と共通の薔薇のモチーフのペンは、姉貴にとってはリアル『キラ☆恋』グッズだもんな!


 今世はお金持ちの理事長だから、オーダーメイドのペンにだって、ぽんっと大金を払ってたし!


 イゼリア嬢とおそろいのペンを持てることになったこの件に関してだけは、姉貴にはいくら感謝してもたりないほどだ。


 そういや、姉貴って、前世でも『キラ☆恋』グッズにかなり課金してたよな……。


 高校生の俺と違って、大学生の姉貴はかなりバイトに精を出してたし。いろいろ買ってる姉貴がほんとうらやましかったんだよなぁ……。


 だって、イケメンどものグッズはこれでもか! っていうくらいあるのに、イゼリア嬢単体のグッズなんて、まったくなかったんだよ……っ!


 なんでだよっ! イゼリア嬢はこんなに可憐で麗しくて素敵なのに……っ!


 ヒロインをいじめる悪役令嬢ポジションだっていうだけで、扱いがひどすぎねぇっ!? 格差があるすぎるだろ……っ!


 けど、そんな嘆きはハルシエルに転生したことでなくなった! ここではイゼリア嬢に関することなら、すべてがグッズと言って過言じゃないっ!


 ゴルヴェント家の家紋に鈴蘭が使われていると知ってからは、さりげなく鈴蘭がモチーフに使われているものを集めてるしな! ハンカチとかペンケースとか!


 鈴蘭が印刷された便箋だって買ったし、これでいつだってイゼリア嬢と文通できるぜ!


 そうだ! 『クレユ・アティーユ』のペンを手に入れた記念にイゼリア嬢にお手紙を送ってみるっていうのはどうだろう!?


 もし、イゼリア嬢からお返事をいただけたりしたら……っ! 俺もう、家宝にしますっ!


 一語一句、暗記できるまで読み込んで額縁に入れて部屋に飾って、毎日眺めて拝みます……っ!


 我ながらもう、ナイスアイデアすぎだろ……っ!


 そうと決まれば、ローデンスさんっ! どんなペンができたのか、じっくり見せてください……っ!


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