377 クレイユ、お前ってそんなキャラだったか!?


 イゼリア嬢のほうを向いて言ったのに、なぜかリオンハルトが俺のほうを見て、甘やかな笑みを浮かべる。


「ありがとう、ハルシエル嬢。きみにそう言ってもらえるなんて、心強いね。嬉しいよ」


 ぶわっとリオンハルトのバックに薔薇の幻影が見える。


 相変わらず、これでもか! ってほどのまばゆさだな……っ!


 っていうか、俺が話しかけたのはイゼリア嬢であって、リオンハルトじゃないからっ! お前は反応してこなくていいっ!


 心の中で叫んでいると、リオンハルトに次いでディオスが口を開いた。


「確かに、聖夜祭は体育祭や文化祭と違って、生徒会役員全員で取り組む一大行事だからな。やる気を高めておくのはいいことだ」


 ディオスの言葉にクレイユがしみじみと頷く。


「ディオス先輩の言うとおりですね。文化祭の時は、文化部長の自分が誰よりも懸命に働かねばと必要以上に気負って、あれこれ背負い込んでしまいましたが……。潰れる直前でハルシエル嬢やエキューに助けてもらって気づけました。自分ひとりで抱え込んでしまうのではなく、信頼できる相手に頼ることも、時には大事なんだと。生徒会全員で取り組む聖夜祭の指揮はリオンハルト先輩です。リオンハルト先輩の手腕を間近で見て、勉強させてもらおうと思います」


 穏やかな表情と声音でそう告げるクレイユは、文化祭前までのつんつんした雰囲気はまったくなく、まるでき物が落ちたかのようで、本当に同一人物なんだろうかと、思わず疑問に思ってしまうほどの変貌へんぼうぶりだ。


 それだけシャルデンさんとのことがクレイユの心を傷つけ、分厚いよろいまとわせていたんだと思うと、二人が仲直りできて本当によかったと、あらためて思う。


「クレイユは勉強に限らず、何だって学ぶ姿勢が立派だもん! リオンハルト先輩達をお手本にしたら、きっとすぐに大切なことを学べるよ!」


 にこっ、と天使のような愛らしい笑顔でクレイユの背中を押したのはエキューだ。


 曇りのない信頼に満ちた笑みからは、クレイユとの深い友情が感じられて、俺の心まであたたかな気持ちになる。


「お手本が欲しいんなら、オレがお手本になってあげよっか~?」


 紅の目を細め、悪戯っぽい笑みを浮かべたのはヴェリアスだ。


「ヴェリアス先輩にお手本になるところなんて皆無だと思いますが?」


 クレイユが冷ややか極まりない声で切り捨てる。


 うん、ここは変わってないな……。っていうか、どう考えてもヴェリアスが悪いけど。


 ふと、文化祭の『白鳥の湖』のあと、ゴルヴェント侯爵に突っかかっていたヴェリアスを思い出す。


 思えば、いつも飄々ひょうひょうとしていて、俺のつっけんどんな言葉にだって、いつもおちゃらけてばっかりだっていうのに、あの時のヴェリアスはいつもとは何だか少し違っているように見えた。


 どこがどうだとは、はっきり言えないけど……。


「なになに、ハルちゃん♪ オレのことじ――っと見つめちゃって♪ もしかして、オレに惚れちゃった~♪」


 いつの間にか、ヴェリアスの顔をじっと見てしまっていたらしい。


 テーブルに身を乗り出したヴェリアスが、俺にウィンクをよこしてくる。


「ヴェリアス先輩に惚れるなんて、天地がひっくり返ってもありえませんっ! まだ陽も暮れていないのに、もう寝言を言ってるんですか? 目を開けたまま眠れるなんて、器用ですね」


「ちょっ! ハルちゃんひどくない!? ハルちゃんは一年生で初めてだろうから、聖夜祭の準備についてイロイロ教えてあげようと思ったのに~! 大きなイベントだけあって、やることはたくさんあるしね」


「さっきの台詞からその意図を読み取るのは不可能です! もう少し、国語の勉強をしたほうがいいんじゃありませんか?」


 どう考えても読み取るのは不可能だろうっ、おいっ!


 が、ヴェリアスの言葉に思わず考えさせられる。


 リオンハルトも言っていたとおり、聖夜祭の準備には生徒会全員で取り組むことになる。


 つまり、嫌でもイケメンどもと関わらないといけないということだ。注意しておくに越したことはない。


 まあ、逆に言えば、俺だってイゼリア嬢と関われるチャンスがあるってことだけどっ!


 イゼリア嬢! 文化祭で深めた仲をさらに深化させましょうねっ!


 俺はイゼリア嬢を振り向いてにっこりと微笑むが、つんと視線を逸らされた。


 も〜っ! イゼリア嬢ってば照れ屋さんなんですから〜っ!

 そんなツンデレなところも可愛すぎますっ!


 っていうか、イゼリア嬢の両隣に座ってるリオンハルトとクレイユは俺に微笑みかけてこなくていいから!


 お前らに微笑んだんじゃねぇっ! そもそもクレイユ、シャルデンさんとのわだかまりが解けたとはいえ、お前、そんなににこやかに笑うキャラだったか!?


 あっ、エキューか! エキューに笑いかけたんだな!?


 俺の隣に座っているエキューが、嬉しそうにクレイユに小さく手を振り返しているが、男子高校生とは思えないくらい仕草が可愛い。


 と、姉貴がおもむろに口を開く。


「そうそう。今日、ひとついいニュースがあってね」


 姉貴の言葉に、テーブルの面々が顔を見合わせる。


 リオンハルトも不思議そうな顔をしているところを見るに、リオンハルトも知らないことらしい。


 丸テーブルの一同を楽しげに見回した姉貴が、はずんだ声で口を開いた。


「長くかかってしまったけれど、『クレエ・アティーユ』に注文していたオーダーペンがようやく完成したんだよ!」


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