375 今日の文化祭は素敵な思い出を山ほど作れたよなっ!?


「あのっ、お気持ちは嬉しいですけど、本当に大丈夫ですから! むしろ私よりイゼリア嬢のほうが寒いでしょう……っ!?」


 ええいっ、お前らがどかない気なら、強行突破あるのみ!


 俺はイケメンどもをかき分け、イゼリア嬢のもとへ行こうとする。


 イケメンどもの壁を抜けた途端、真っ先に目に入ったのは、俺を睨みつけるイゼリア嬢のアイスブルーの瞳だ。


 ぎゃあぁ――っ! イゼリア嬢がお怒りになってらっしゃる……っ!


 俺達がうるさくしてせっかくの素敵な雰囲気を台無しにしたせいですよね!?


 すみませんっ、お許しください……っ! でも、夕陽に照らされ、怒ってらっしゃるイゼリア嬢もやっぱり神々しいほどお美しいです……っ!


「す、すみませんっ、イゼリア嬢! うるさくしてしまって……っ! あのっ、イゼリア嬢はお寒くないですかっ!?」


 謝りながら、イゼリア嬢のもとへ足早に進む。


 残念ながら、ドレスの俺にイゼリア嬢にかけてあげられる上着はない。が、上着ならリオンハルトにかけられたものがある!


 肩にかかっていたジークフリート王子の衣装をさっと取り、イゼリア嬢の細い肩に恭しくかけると、「まあ……っ」とイゼリア嬢が驚いたように目をみはった。


「これは、リオンハルト様の……っ」


 まるで上着のあたたかさがすぐさまうつったかのように、イゼリア嬢の頬が薄紅色に染まる。


 そっと上着の前をかきあわせたイゼリア嬢の面輪には、照れたような笑みが浮かんでいた。


 きゃ――っ! 何ですかその可憐な笑顔! 可愛すぎます〜っ!


 上着をかけたことをこんなに喜んでいただけるなんて……っ! 嬉しすぎますっ! イゼリア嬢も寒かったんですね!


「イゼリア嬢、お風邪をひかないようになさってくださいね!」


 イゼリア嬢がお風邪を召されたりしたら、心配で俺が倒れてしまいます……っ!


 オデット姫のドレスが隠れてしまうのは残念だけど、イゼリア嬢の健康が第一ですからっ! どうかあたたかくなさってくださいっ!


「ハルシエル嬢。イゼリア嬢に譲る優しさは素晴らしいが、それではきみが寒いだろう?」


 俺とイゼリア嬢がせっかく仲良くしているというのに、クレイユが割って入ってくる。


 と、俺がイゼリア嬢に譲ったリオンハルトの上着の代わりに、クレイユの上着をそっと肩にかけられた。


 かけられた拍子に、羽飾りのひとつが鼻先をかすめ……。


「くしゅんっ」


「っ!? やっぱり寒いんだな!? もう中へ戻ろう!」


 ぐいっ、と俺の手を掴んで引いたクレイユが、問答無用で歩き出す。


「えっ!? ちが……っ!」


 今のくしゃみは、寒かったせいじゃなくて羽飾りがくすぐったからだよ!


 が、俺の説明なんて聞く気がないと言わんばかりに、クレイユはずんずんと歩いていく。


「ハルシエルちゃん、大丈夫?」


 軽やかに駆け寄ってきたエキューも、身をかがめて心配そうに俺の顔を覗き込む。


 きゅーん、とたれた犬の耳と尻尾の幻覚が見えたのは俺だけじゃないに違いない。


「大丈夫っ、そのくしゃみが出たのは羽飾りがくすぐったからだから……っ!」


 だからもう少しだけイゼリア嬢のこの麗しい姿を目に焼きつける時間を……っ!


 だが、俺の願いも虚しく、他のイケメンどもや姉貴とシノさん、イゼリア嬢までもが屋内に戻ろうと動き出す。


「せっかく、屋上に来られたのに……っ!」


 切なさに思わずこぼすと、クレイユに握られていないほうの手を、エキューに握られた。


「ハルシエルちゃん、そんなに高いところが好きだったの?」


「えっ、その……。高いところがというより……。文化祭が終わるのが残念で……」


 もっとずっとイゼリア嬢の可憐なお姿を目にしていたかったです……っ!


 ふるふるとかぶりを振ると、きょと、と目を瞬いたエキューが、不意に柔らかな笑みを浮かべた。


「うんっ。その気持ちわかるよ! 楽しかった文化祭が終わっちゃうのは寂しいよね! でも……」


 つないだ手にきゅっと力を込めたエキューが、俺と視線をあわせる。


「ほんと、今日は楽しかったよね! お互いのクラスの展示を案内しあえたし、一緒においしいご飯も食べられたし……っ! 何より、『白鳥の湖』が大成功でほんと嬉しいねっ! いっぱい素敵な思い出ができて、幸せだよ!」


 はずむようなエキューの声に、曇っていた目が開く心地がする。


 そう……っ、そうだよなっ!


 一年二組の展示をイゼリア嬢に案内できたばかりか、家族をイゼリア嬢に紹介できたし、一年一組の展示だって、イゼリア嬢に説明していただけながら回れたし……っ!


 イケメンどもが常に邪魔だったけど、一応そのおかげで、昼食も超おいしいランチをイゼリア嬢と一緒に食べられたしなっ!


 何より『白鳥の湖』が大成功だったし……っ!


 うんっ! 俺の最初の目標どおり、イゼリア嬢と一緒に文化祭の素晴らしい思い出をいっぱい作れてる!


 イゼリア嬢のご両親には残念ながらあんまりいい印象を持っていただけなかったけど、シェスティン君はにこやかな笑顔で話しかけてくれたし、来年、一緒に生徒会役員になればもっと仲良くなれるはず! ロイウェルともきっといい友達になれるだろうし!


 それに、さっき上着を肩にかけた時のイゼリア嬢の可憐な笑顔……っ!


 あれは少しは仲良くなれたってコトだよなっ!?


「そうねっ、エキュー君の言うとおりだわ! 終わってしまうのは寂しいけれど、逆に言えばとっても素敵で楽しかったってことだものねっ! ありがとう、エキュー君! 大切なことを気づかせてくれて!」


 はずんだ声でエキューに話しかけると、「ハルシエルちゃん……っ!」と感極まったように目をみはったエキューが、満面の笑みを浮かべた。


「ううんっ! ハルシエルちゃんもとっても楽しかったみたいで、ぼくも嬉しいよ! ほんと、素敵な文化祭だったよねっ!」


「エキューの言うとおりだ。ハルシエル嬢、きみのおかげで今日は本当に素晴らしい日になった。シャルディン伯父上ともう一度交流がもてる日が来るなんて……。いまだに信じられない心地だ。きみにはいくら感謝してもし足りない。ありがとう」


 エキューとは逆の手を握ったクレイユが、俺のほうに身を乗り出すようにして、指先にぎゅっと力を込める。


 おいっ、クレイユ! 感謝してくれてるのはわかるけど、近いっ、近すぎる! 歩きにくいだろうが!


 っていうか、二人とも、そろそろ手を放してくれよ! もう階段だって終わっただろ!


 控室のそばまできた俺は、さっと二人の手から両手を引き抜く。


 控室は男女別だ。ここぞとばかり、俺はリオンハルトにエスコートされていたイゼリア嬢に歩み寄る。


「イゼリア嬢! 今日の文化祭は本当に素晴らしかったですねっ! 私、イゼリア嬢といろいろな思い出を作れて……。本当に嬉しいですっ!」


 俺に話しかけられるとは思っていなかったのか、イゼリア嬢が驚いたように目を瞬く。と、不承不承といった様子で頷いた。


「あなたと思い出を作れたかどうかはともかくとして……。生徒会の皆様と一緒に過ごして、素敵な思い出がたくさんつけれたのはたしかですわね」


 肩にかかったままのジークフリートの上着をイゼリア嬢が宝物のように胸の前でかきあわせる。


 きゃーっ、やったぁ――っ! イケメンども込みとはいえ、イゼリア嬢が俺と過ごした文化祭を素敵な思い出と言ってくださった――っ!


 俺も、今日イゼリア嬢と過ごした記憶を一生の思い出にしますっ!


 これはもう、今日の文化祭は花マル百点満点って言っていいんじゃねっ!?


 はぁ〜っ、いろいろイベント盛りだくさんだったけど今日の文化祭が無事に終わってよかった~っ!


 心地よい疲労感と、それを吹き飛ばすほどの幸福感を味わいながら、俺はイゼリア嬢と連れ立って更衣室へと向かった。


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