374 追い討ちはそのくらいにしてあげて……っ!


「ハルシエル嬢も、リオンハルト殿下の側近を目指されるんですね……」


 悪くなった雰囲気を変えるように口を開いたのはシャスティン君だ。


 リオンハルトの背後から一歩横にずれると、きらきらした瞳でこちらを見るシャスティン君と目があった。


「僕も、来年、聖エトワール学園に入学して生徒会に入って、ハルシエル嬢と一緒にリオンハルト殿下の側近を一緒に目指したいですっ!」


 うぉっ、まぶし……っ!


 さすがイゼリア嬢の弟君! まぶしさもイゼリア嬢譲りだぜ……っ! でも……。


「シェスティン君も、やっぱりお姉様と一緒に働きたいんですねっ! そうですよねっ、イゼリア嬢はとっても素敵な尊敬するべき方ですもの! シェスティン君の気持ち、よくわかります!」


「えっと……」


 こくこくっ、と大きく頷いて同意すると、なぜかシェスティン君が戸惑った声をこぼした。


 あれ……? 憧れのお姉様と一緒に働きたいってワケじゃないのか……? 俺だったら絶対一緒に働きたいけどっ!


 っていうか、イゼリア嬢がお姉様なんて、叶うなら、ハルシエルじゃなくてシェスティン君に転生したかった……っ!


 イゼリア嬢がお姉様だなんて毎日が天国じゃんっ!


「あっ、リオンハルト先輩に憧れて……? それとも、ディオス先輩かしら?」


 うんっ、ディオスは優しくて頼りになって、男でも憧れちゃうかっこよさだもんな!


「ハルシエル……っ! 俺のことをそんな風に……っ!」


 感動したようなディオスの声にまぎれて、シェスティン君の困り果てた声が聞こえる。


「い、いえ、その……」


「ハ、ハルちゃんっ、追い討ちはそのくらいにしてあげて……っ! 俺もう、腹筋が壊れそう……っ!」


 ぶっひゃっひゃ、と遠慮のない馬鹿笑いを披露しているのはヴェリアスだ。


 その後ろではクレイユとエキューが低い声で囁きを交わしあっている。


「これは、安心するべきか、同情するべきか……」


「ううん……。悩んじゃうよね……」


 息子が笑われていると思ったのか、ゴルヴェント侯爵がアイスブルーの瞳で鋭くヴェリアスを睨みつける。


「……リオンハルト殿下。そばに置かれる者はもっと選ばれたほうがよいのではありませんか? 殿下の名誉まで傷つけかねられません」


 確かに、ヴェリアスの言動に慣れる俺達はいつものことだと呆れるだけだけど、ゴルヴェント侯爵にとってはそう思えないに違いない。


 おいっ、ヴェリアス! ただでさえ俺の印象があんまりよくないぽいっていうのに、お前がさらに生徒会メンバーのイメージを悪くするんじゃねえ――っ!


 ゴルヴェント侯爵が、『こんな生徒会に愛娘を入れておけん!』とか言い出したらどうするつもりだよっ!?


 と、笑いをおさめたヴェリアスの紅の瞳がすっと細くなる。


「へぇ~♪ つまりゴルヴェント侯爵は、オレなんかを生徒会に入れたリオンハルトの見識を疑ってるってワケですか~?」


「な……っ!?」


 まさか反論されるとは思っていなかったらしいゴルヴェント侯爵が息を呑む。


 って、おいっ! ヴェリアス――っ! さらにゴルヴェント侯爵をあおるんじゃねぇ――っ!


 ゴルヴェント侯爵どころか、侯爵夫人も眉をひそめてるし、シェスティン君も信じられないものを見るような目でヴェリアスを見てるだろっ!?


 ヴェリアスの口にハンカチでも突っ込んで強制的に黙らせたほうがいいのかもしれない……っ!


 いや、いまはハンカチがないからオディールの衣装の羽根飾りでも突っ込むか!? それともヴェリアスの衣装のを引きちぎったほうが……っ!?


「ヴェリアス。そこまでだよ」


 俺が考えを実行に移す前に、リオンハルトがはっきりとした声音でヴェリアスを止める。


 が、次いでリオンハルトが振り向き鋭い視線を向けた先はゴルヴェント侯爵だった。


「だが、侯爵も侯爵だ。賢明な侯爵なら、ヴェリアスがどんな反応をするか予想がついただろう。それに、忠告は不要だよ。先ほども言ったように、わたしは生徒会役員の全員を大切な仲間だと思っている」


 リオンハルトの真摯な声音に、さしものヴェリアスも好戦的な表情を引っ込めて神妙な面持ちになる。ゴルヴェント侯爵がひとつ咳払いした。


「かしこまりました。『生徒会役員全員が大切な仲間』だとおっしゃる殿下のお言葉を信じて引き下がりましょう」


「ああ」


 頷いたリオンハルトが、微妙になった雰囲気を変えるようにシェスティン君に穏やかな笑みを向ける。


「シェスティン君。きみが純粋にわたしの側近を目指したいのなら、来年、聖エトワール学園に入学して、生徒会を目指すといい。ゴルヴェント侯爵も、きみがエトワール学園に入学することは許可しているんだろう?」


「……ええ、そうですな」


 先ほどと異なり、なぜか微妙に苦々しい表情でゴルヴェント侯爵が頷く。


 な、なんか俺に向けられた視線がやたらと鋭い気がするんだけど……っ!


 やっぱり、貧乏貴族なんてイゼリア嬢の友人としてふさわしくないと、ゴルヴェント侯爵に嫌われちゃったのか……っ!?


 それとも、ヴェリアスみたいな先輩がいる生徒会に入ったら、シェスティン君に悪い影響が出ると不安に思われてるのか……っ!?


 うんっ、それはわかるけど! 俺だって素直で可愛いロイウェルに悪影響が出ないように、しっかり目を光らせるつもりだし!


 万が一、ロイウェルが生徒会に入ったせいでヴェリアスみたいになったら……っ! ランウェルさんとマルティナさんに顔向けできないからなっ!


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