373 俺が第二王子の側近になるのはそんなに難しい……っ!?


「そうだね。……まだ正式に決まったわけではないのは確かだ。わたしが望んだとしても……。相手のある話だからね。そう簡単に決められるものではないだろう?」


 侯爵に答えるリオンハルトの声に、社会人になったイゼリア嬢の大人っぽい姿を想像していた俺は、はっと我に返る。


 リオンハルトの碧い瞳が、じっと俺を見つめていた。


 ん? これは……。リオンハルトは生徒会メンバー全員を将来の側近にと望んでるけど、他の面々はともかく、俺みたいな貧乏貴族が側近になったら、周りからうるさく言われるかもと思ってる……?


 そうだよな……。


 リオンハルトの懸念はわかる気がする。


 俺だって今日、シャルディンさんが劇作家になったことでクレイユとの間に溝ができちゃった話を、当人達の口から聞かされたばかりだ。


 この世界は、俺が元いた世界より、身分の格差が大きい。


 現代日本にいた俺は、その辺りの感覚がゆるいけど、この国の最上位の身分であるリオンハルトともなれば、周りであれこれ言う輩は、クレイユやシャルディンさんの比じゃないに違いない。


 でも……。俺は、将来もイゼリア嬢のおそばにいられる道を諦めるつもりなんて、欠片もねぇっ!


「確かに、相手によっては、すぐに決めることが難しいかもしれませんね……」


 視線を伏せ哀しげに告げると、なぜか周りのイケメン達が息を呑む音が聞こえた。


「でも、リオンハルト先輩なら、周りの意見に惑わされず、ちゃんと能力や人柄を見て、自分の意志で選んでくださると信じています!」


「ハルシエル嬢……っ!」


 リオンハルトを見上げ、真摯しんしな思いをのせて告げると、リオンハルトの碧い目が信じられないと言いたげにみはられた。


「第二王子様の側近となれば、そりゃあ慎重に人選しないといけませんけど……っ! でも、リオンハルト先輩の公務をサポートするための側近なんですから、気心の知れたメンバーのほうが、先輩だってやりやすいのではありませんが……っ!? せっかく皆さんと一緒に生徒会役員になれましたし、何より、イゼリア嬢という、目指すべきお手本となる素晴らしいご令嬢にも出会えたんですから……っ! 私、もっとイゼリア嬢のおそばで学びたいんです! イゼリア嬢がリオンハルト先輩の側近を目指してらっしゃるのなら、私もぜひ目指したいですっ!」


 きゃ――っ! イゼリア嬢のお名前を出しちゃったぜ――っ!


 イゼリア嬢っ! 俺の熱い想いがわずかなりとも伝わったでしょうかっ!?


「…………うん?」


 勢いよく告げると、珍しくリオンハルトの碧い目が、虚をつかれたように円くなる。


 ほっ、と大きく吐息して穏やかに尋ねたのはディオスだ。


「ハルシエル。いまの言葉からすると……。きみは俺達と一緒に、リオンハルトの側近を目指したいということで間違いないか?」


「はいっ! その通りですっ!」


 きっぱりと大きく頷くと、一歩後ろで「ぶふぉっ!」とヴェリアスがイケメンらしからぬ声で吹き出すのが聞こえた。


「ちょ……っ!? この流れでソレ!? も〜っ、ハルちゃんってばオモシロすぎ……っ! やっぱサイコーだよねっ!」


 うん? 何だ何だっ!? 俺、何かヘンなこと言っちゃったか……っ!?


「ハルシエル嬢……。いや、きみらしいと言えばきみらしいが……」


 クレイユが安堵とも呆れともつかぬ表情で深く吐息し、エキューが、


「えっ!? ハルシエルちゃんもリオンハルト先輩の側近を目指すの!? 一緒に頑張ろうねっ!」


 と天使な笑顔で応援してくれる。


 ありがとう、エキュー! やっぱりエキューは癒やしの天使だよなっ!


 そして、当のリオンハルトと言えば、いつもはぶわっと薔薇の背景を背負っていそうなのに、なぜかいまはすすけたような空気を纏っていた。


 え……? 貧乏男爵令嬢の俺が第二王子様の側近になりたいっていうのは、そんなにマズい……?


 うろたえる俺の耳に、ゴルヴェント侯爵の声が届く。


「……なるほど。どうやら何かと一筋縄ではいかぬようですな。本心を隠して取り入るのが巧いらしい」


 低い声に振り向くと、ゴルヴェント侯爵のアイスブルーの目が冷ややかな光を宿して俺を見ていた。


 ひえぇぇっ! やっぱり、オレなんかがイゼリア嬢と一緒に側近になるのは反対ですか……っ!?


 侯爵っ、イゼリア嬢の同僚にふさわしくなるべく、これからもっともっと努力しますから、どうかお許しください……っ!


 泣きそうになりながらゴルヴェント侯爵を見返すと、不意に視線が遮られた。


 俺と侯爵の間に割って入ったのはリオンハルトだ。


「ハルシエル嬢は言をろうしているわけではない。生徒会役員への失礼な物言いは会長として見逃せないな」


「これは失礼いたしました。やはり、身分の差があると、意思疎通もままならぬようですな。あまりに予想と異なる反応に、こちらも返答に悩んでしまいまして」


 ゴルヴェント侯爵が恭しく一礼するが、言葉の中身は明らかに謝罪ではない。


 っていうか、イゼリア嬢のお父上に謝罪されるなんて心臓に悪いからご遠慮したいっ!


 俺はただ、イゼリア嬢のご家族に認められたいだけなのに……っ! どこでどう間違えちゃったんだ……っ!?


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