370 ついにイゼリア嬢のご家族とご対面っ!


 イゼリア嬢がご家族と待ち合わせしているのは、劇場の玄関ホールということだった。


 観客のほとんどはすでに劇場の外へと出ていたが、数人ずつのグループがまだいくつか残っていて、興奮した様子で言葉を交わしている。きっと、劇の感想を語りあっているに違いない。


 リオンハルトを先頭に、まだ舞台衣装のままの俺達が玄関ホールに姿を現した途端、残っていたお客さん達の視線が集中する。


「うそ……っ!? 舞台衣装のリオンハルト様達がいらっしゃるなんて……っ!」


「こんなにおそばで拝見できるなんて幸せすぎますわ……っ!」


 と感動に震える声があちらこちらから聞こえる。


 イゼリア嬢のご家族に挨拶するかしないかでもめて時間を食ったけど、ある意味よかったのかもしれない。


 もしまだお客さんが大勢残っていたら、すさまじい大混乱が巻き起こって、昼間の食堂前のギャルソン騒ぎみたいなことになっていたに違いない。断言できる。


 いや、あの時は、リオンハルト、ディオス、ヴェリアス三人のギャルソン姿ってだけで、お客さんが詰めかけてたもんな……。


 いまは舞台衣装の生徒会メンバー全員、何より天上の女神にもまさるイゼリア嬢がいらっしゃるんだから、集客率はその比じゃないに決まってる!


 あぶねぇ……っ! イゼリア嬢のご家族とお会いできなくなるところだったぜ……っ!


 イゼリア嬢のご家族は探すまでもなく、すぐにわかった。


 残っているのは女性のお客さんが多い中、立派な服を纏った壮年の男性と女性、そしてイゼリア嬢似の険の強い顔立ちの黒髪の少年は見間違えようがない。


 あれがイゼリア嬢の弟君おとうとぎみのシェスティン君……っ!


 うわぁ……っ! さすが姉弟きょうだいっ! イゼリア嬢と同じちょっと吊り目がちなアイスブルーの目とか、高貴さにあふれる繊細な造りの顔立ちがよく似てらっしゃる……っ!


 イゼリア嬢のご家族も、すぐに俺達に気づいたらしい。だが、まさか生徒会メンバー全員でぞろぞろと来るとは思っていなかったのだろう。


 一瞬、驚いたような表情を浮かべるが、即座ににこやかな笑みを浮かべると、ゆったりとした足取りでこちらへ歩み寄ってきた。


「これはこれは。まさか、リオンハルト殿下だけではなく、生徒会の皆様にも来ていただけるとは。光栄でございます」


「ゴルヴェント侯爵夫妻、それにシェスティンも久しいね。イゼリア嬢は大切な生徒会の一員だからね。挨拶するなら、全員でがよいと話になったんだよ」


 恭しく一礼した侯爵達に、リオンハルトが王族らしく鷹揚おうように応える。


 さすが第二王子……っ! 別の視点から見れば生徒と保護者の立場だけど、誰が見てもリオンハルトの立場が上だと嫌でもわかる。


 何より、いまのリオンハルトはジークフリートの衣装を纏ったままなので、きらきら王子感が半端ねぇぜ……っ!


 リオンハルトの言葉に、イゼリア嬢と同じ黒髪の侯爵は、髪と同じ黒いひげの下の唇を嬉しげにゆるめる。


「ありがとうございます。イゼリアを『大切な』と評していただけるとは……。親として格別の喜びでございます」


「イゼリア嬢だけではないよ。生徒会の面々は皆、わたしにとって大切な仲間だからね。イゼリア嬢だけに限らない。ディオスを筆頭に、ハルシエル嬢もだ」


 侯爵が言い終わるやいなや、間を置かずにリオンハルトが告げる。


 いつもゆったりと話すリオンハルトにしては珍しい。


 急にリオンハルトが名前を出したせいだろうか。侯爵達の視線が白と黒のアシンメトリーなドレスを纏った俺に集中する。


「……?」


 うん? なんかいま、一瞬睨まれたような……?


 顔を知っている高位貴族の令息達の中に、ひとりだけ知らない顔が混じっているから、不審に思われたのかもしれない。


 ち、違うんですっ! 俺もれっきとした生徒会役員のひとりなんです――っ!


「お初にお目にかかります。わたくし、ハルシエル・オルレーヌと申します。生徒会ではイゼリア嬢と同じ会計を務めておりして……。イゼリア嬢に日々ご指導いただいております! イゼリア嬢は本当にお優しくて何事にも真摯しんしに取り組まれていて、非の打ちどころのない素晴らしいご令嬢で……っ! 私の憧れの方なんですっ! 本日は尊敬するイゼリア嬢のご家族にご挨拶することができ、本当に光栄です!」


 きゃ――っ! 言っちゃった! ご家族の前で「イゼリア嬢を尊敬してます! 憧れの方です!」ってはっきり言っちゃったぜ――っ!


 緊張しながらも気合いを込めて、できる限り上品に見えるようドレスのスカートをつまんで恭しく一礼する。


 きっと、ジョエスさんの素晴らしいドレスが、ほんとの俺以上に、ハルシエルを令嬢らしく見せてくれるハズ……っ!


「あなたが、ハルシエル嬢ですか……」


 深く頭を下げる俺の耳に聞こえてきたのは、まだ声変わりの終わっていない澄んだ声だ。


 顔を上げると、じっと俺を見つめていたシェスティン君と視線があう。


 まだ不審そうな顔をしているゴルヴェント侯爵と夫人とは対照的に、シャスティン君はイゼリア嬢と同じアイスブルーの瞳を好奇心に輝かせて俺を見ていた。


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