368 わたくし、このあと行かねばならないところがありますの


 イゼリア嬢に謝りつつも、俺は手も視線も外さない。


 こんな大チャンスを逃せられるか! あぁっ! 怒った顔だなんて、劇では見られなかった表情まで見せてくださるイゼリア嬢ってば、なんて親切なんですか……っ!


「オルレーヌさん? いい加減放してくださらない? わたくし、このあと行かねばならないところがありますの」


「行くところ……? どちらに行かれるんですか!?」


 イゼリア嬢の行かれるところなら、たとえ火の中水の中、どこまでもお供させていただきますっ!


 俺の問いかけに、イゼリア嬢がしまったと言いたげな顔になる。が、すぐに照れくさそうにふいと顔をそらした。


「家族が……。わたくしのオデット姫を見に来てくれた家族に、せっかくですからこの姿を見せたいんですの」


「イゼリア嬢のご家族……っ!?」


 それはつまり、聖母マリア様に等しい方々ですねっ!?


「イゼリア嬢っ! ぜひ私もご挨拶させてくださいっ!」


 ぎゅっと手を握ったまま、勢い込んで身を乗り出すと、アイスブルーの瞳が細まった。


「どうして、オルレーヌさんがわたくしの家族に挨拶する必要がありますの?」


 迷惑だと言わんばかりの表情に、うぐっと言葉に詰まる。が、この程度でへこたれる俺じゃないっ!


「だって、同じ生徒会のメンバーじゃないですか! イゼリア嬢には本当に、ほんっとうにお世話になってますし……っ!」


 主に、俺の学生生活を幸福で彩ってくださるというのも点でっ!


「こんな素晴らしいイゼリア嬢を育てられたご両親にご挨拶したいと思うのは、自然な感情でしょう!? それに、イゼリア嬢の弟君のシャスティン君は来年、ロイウェルとクラスメイトになるかもしれませんし……っ! お目にかかりたいのは当然ですっ!」


 きっぱりと言い切った俺の勢いに、一瞬、イゼリア嬢の視線が揺れる。が、すぐに険しい様子で目を吊り上げた。


「オルレーヌさんのようなしがない男爵家が由緒あるゴルヴェント家とお近づきになろうだなんて……っ! 年若いシャスティンなら簡単に籠絡ろうらくできると思ってるのかしら!? 浅ましい企みは、抱くだけ無駄ですわよ!」


 握っていた俺の手から、イゼリア嬢がすっと手を引き抜いてしまう。


 ああぁぁぁ……っ! イゼリア嬢のお手が……っ!


「ち、違いますっ、そんな……っ! 私はただ……っ!」


 何やらイゼリア嬢に誤解されてしまったらしい。


 俺はあわててぶんぶんとかぶりを振る。


 確かにシャスティン君とも仲良くなれたら嬉しいけど、それはあくまでイゼリア嬢と仲良くなるための手段のひとつであって、俺が誰より仲良くなりたいのは、イゼリア嬢ご自身なんです――っ!


「ハルシエル嬢は単に、イゼリア嬢にお世話になっているから、ご家族にもご挨拶したいというだけなのかな?」


 険悪な雰囲気をとりなすように間に入ってくれたのはリオンハルトだ。


「そ、そうですっ! その通りですっ!」 


 俺はリオンハルトの言葉にこくこく頷く。


 だって聖母マリアに会えるんならふつー会うだろ!?

 リオンハルト、ナイスフォロー!


「ただ、お礼を申し上げたいだけなんです! 取り入ろうなんて気はまったく……っ!」


 ただただ、イゼリア嬢という至高の存在をこの世に生み出してくださった感謝を捧げたいだけなんです――っ!


 だが、イゼリア嬢の返事はそっけない。


「別に、オルレーヌさんに、家族にまでお礼を言ってもらう必要なんてありませんわ」


 すげなく告げたイゼリア嬢が、ちらりとリオンハルトを見上げる。


「リオンハルト様が一緒に来てくださるなら別ですけれど……」


 なるほど。第二王子とお近づきに成りたいって貴族は多いだろうからなぁ。イゼリア嬢のゴルヴェント家であってもそれは同じなのか……。


 ああっ、オルレーヌ家にもっと権力があれば……っ! と嘆くが、そればかりはどうしょうもない。


 が、イゼリア嬢に愛らしく見上げられているというのに、リオンハルトの返答はかんばしくなかった。


「学園内ではあくまでもわたしは一生徒だからね。ゴルヴェント公爵と会うのは……」


 おいこら、リオンハルト! イゼリア嬢がこんなに愛らしく言ってるのに応じないなんて、お前は鉄でできてるのかよっ!?


 俺だったら一も二もなく頷いてるぞ! むしろ、言われる前に俺から言うっ!

 まったく、これだからリアル王子様は……っ!


「何をおっしゃるんですか!? リオンハルト先輩は一生徒どころか、学園を代表する生徒会長じゃないですか! それに、イゼリア嬢は生徒会の一員なんですから、保護者に挨拶されるのは、何もおかしいことはないと思いますけど……っ! 何より、私の家族にも挨拶してくださったじゃないですか!」


 イゼリア嬢に憂い顔をさせるリオンハルトの態度に我慢ならず、思わず横から口出しする。


 まぁ、会ったのは偶然、展示を見に来た時間が重なったからだし、しがない男爵家なら何の気遣いもいらないからだろうけど……。


 イゼリア嬢のご家族に会うためなら、リオンハルトを説得してみせる!



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