367 今まさに、イゼリア嬢がまごうことなきヒロインです……っ!


 俺達三人が後ろに下がるのと入れ違いで最後に前に出たのは、もちろん主役であるイゼリア嬢とリオンハルトの二人だ。


 リオンハルトにエスコートされ、しずしずと歩むイゼリア嬢を、俺は感嘆のまなざしで見つめる。


 ああ……っ! 本当にお美しいです……っ!


 『キラ☆恋』の設定なんざ知るかっ! 今まさに、イゼリア嬢がまごうことなきヒロインです……っ!


 達成感にアイスブルーの瞳を輝かせ、薔薇色に頬を染めてリオンハルトを見上げるイゼリア嬢が可憐すぎて、目が離せない。


 イゼリア嬢とリオンハルトが優雅に一礼すると、三度拍手が起こる。

 と、二人が笑顔でこちらを振り返った。


 最後は全員が一列に並んでの挨拶だ。


 ぜひともイゼリア嬢のお隣で……っ!


 そう思うのに、ヴェリアスとクレイユの手が放れない。振り払おうとしても二人ともがっしり俺の手を握ったままだ。


 放せぇ――っ! 俺は! 俺はお前らとじゃなくて、イゼリア嬢と手をつなぎたいんだよぉ――っ!


 特にヴェリアス! 魔王ロットバルトの衣装は羽飾りが豪華でわっさーとしてるから、お前がイゼリア嬢との間にはさまると、ほんと見えなくなるんだよ!


 くそっ、つなぐ手を間違えた……っ! 逆にしておけば……っ!


 っていうか、ほんと手を放せ――っ!


 ぶんぶんと手を振るが、非力なハルシエルの力ではヴェリアスとクレイユの手を振りほどくことはかなわない。


 そうこうしているうちに、イゼリア嬢とリオンハルトを中心にリオンハルトの横にディオスとエキューが、イゼリア嬢の横にヴェリアス、俺、クレイユと並ぶことになってしまう。


 ああぁぁぁ……っ! イゼリア嬢と! 超レアで超可憐なイゼリア嬢と手をつなぎたかった……っ!


 ヴェリアスめ……っ! 許さんっ!


 心の中ではヴェリアスに対する怒りが燃え盛っているが、カーテンコールで不機嫌な顔を見せるわけにはいかない。


 顔だけは笑顔で観客席へと向ける。


 実際、無事に『白鳥の湖』が終わってほっとしているのは確かだし。


 ちなみにナレーションをしていた姉貴も、スーツ姿でちゃっかりエキューの隣に並んでいた。


 めちゃくちゃイイ笑顔をしているが、あれは絶対、劇が無事に終わった喜びじゃなく、さっき見たヴェリアスとクレイユのハグを脳内リピートしているに違いない。


 いや、手をつないでいるイケメン達に脳内で腐妄想を爆発させてる可能性もあるけど。


 でも……。大成功のうちに『白鳥の湖』が終わったのは嬉しいけど、もうイゼリア嬢のオデット姫を見られないと思うと寂しくもある。


 オデット姫を演じているイゼリア嬢はほんと役に入り込んでいて、可憐で清楚で……っ!


 ジークフリートを見つめるまなざしなんて、横で見ている俺までどきどきしちゃいそうなくらいだったもんな!


 息をあわせて頭を下げた俺達に、割れんばかりの拍手が降りそそぐ。


 こんなにも拍手を贈ってもらえるなんて、それだけ喜んでもらえたかと思うと、純粋に嬉しい。


 劇の内容や配役を決める時から大変だったし、練習にも時間がかかったけど、頑張ってほんとよかった……っ!


 なんと言っても、イゼリア嬢のオデット姫を見られたし!


 万雷の拍手の中、おじきをして幕がゆっくりと下がるのを待ちながら、俺はしみじみと達成感を噛みしめる。


 幕が完全に下り切っても、まるで興奮冷めやらぬと言いたげに、拍手はしばらく鳴り止まなかった。


 ややあって観客席の照明がつき、波が引くように拍手がおさまっていく。


 姿こそ見えないが、劇場から出ようとするお客さん達のざわめきが幕のこちら側まで聞こえてきた。


「ようやく、終わったね。みんな、お疲れ様」


 三々五々身を起こした生徒会の面々を見回し、最初に口を開いたのはリオンハルトだ。


 もちろん俺は身を起こすと同時に、さっとヴェリアスとクレイユの手から、自分の手を引き抜いていた。


 カーテンコールも終わったし、いつまでも手をつなぐ必要なんざないからな!


「無事に終わったな。本当にお疲れ様」


 リオンハルトに続き、ほっとした顔でディオスも告げる。


 一列に並んでいたのが崩れたのを皮切りに、俺は急いでイゼリア嬢の隣へ小走りに駆け寄った。


「本当にお疲れ様でした! イゼリア嬢のオデット姫が賛美の言葉も出ないほど素晴らしくて……っ! きっとお客さん達もみんな感動されたと思いますっ!」


 いまだ! チャンスは今しかないっ!


 俺は両手でイゼリア嬢の右手をぎゅっと握ると、身を乗り出すようにして告げる。


 ひゃっほぉ――っ! カーテンコールが終わった勢いで、イゼリア嬢を手をつないじゃったぜ――っ!


 ああぁぁぁ……っ! やっぱりお美しい……っ! この素晴らしいお姿を脳内に永久保存しなくてはっ!


「ちょっと! オルレーヌさん!? そんなに大声を出したら、観客席にまで聞こえてしまいますわ! まだ無人になったわけではありませんのよ!?」


「はいっ、すみませんっ!」


 愛らしい面輪をしかめて告げたイゼリア嬢に素直に謝る。


 確かに、幕の向こうからは、


「あぁ……っ! 本当に素晴らしい劇でしたわ……っ!」


「わたくし、皆様が素晴らしすぎて、途中で何度も気絶するかと……っ!」


「わかりますわ……っ! ですが、何があろうと目に焼きつけなくてはと必死で心を保っておりましたの……っ!」


「もうっ、言葉にならないくらい素敵でしたものね……っ!」


 と、帰っていくお客さん達の興奮に満ちたやりとりが聞こえてくる。


 わかる……っ! わかりすぎます……っ! 俺も、イゼリア嬢の素晴らしさに気絶しそうになりつつ、必死で目をかっぴらいてたもん……っ!


 幕があるとはいえ、舞台であまり大きな声を上げては聞こえてしまうだろう。イゼリア嬢の注意はもっともだ。


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