366 カーテンコールで手をつなぐのは……っ!?


「さあ、カーテンコールだよ〜。行こっか♪」


「カーテンコールだ。行こう」


 やりきった感慨にうち震えていると、ヴェリアスとクレイユに同時に話しかけられた。


 二人がにこやかに微笑んで俺に手を差し伸べる。


「ヴェリアス先輩、オディールをエスコートするのはわたしです。邪魔はしないでくれますか?」


「え〜っ! ラストはそうだったケド、カーテンコールなら魔王ロットバルトとクレインの二人でオディールをエスコートするのが一番おいしいでしょ〜?」


 冷ややかにヴェリアスを睨みつけるクレイユに、まったく動じずにロットバルトが飄々ひょうひょうと告げる。


「それに、オディールがクレインと二人きりで出たら、俺ひとりじゃん! そんなの寂しすぎる! ねぇ、ハルちゃんもそう思うでしょ!?」


「ディオンとエリューと一緒に行ったらいいんじゃないですか?」


「なんでジークフリート側の二人と! 敵同士じゃん!」


 すげなく告げた俺に、ヴェリアスが「がーん!」と言わんばかりの顔になる。


「うぅぅ……っ! オレ、ひとりだけ適役でみんなにぼこぼこにされて超傷心なのに……っ! そんなオレに劇が終わった後までこんな仕打ちをするなんて、ハルちゃんってば冷たすぎる……っ!」


 よよよ、と、わざとらしく泣き真似をするのが正直ちょっと鬱陶うっとうしい。


 おいっ、ヴェリアス! ロットバルトの衣装は羽がわっさーっとついているから、ちょっと動くだけで視覚的に騒々しいんだよ!


 立派な衣装を着たそんな格好で泣き真似なんかするんじゃねぇっ! ジョエスさんが泣くぞ!?


「あー、もう。わかりましたよ。じゃあ、一緒に行きましょう。いいわよね? クレイユ君も」


「……きみがそう言うなら、仕方がない」


 クレイユ君が眉間に深いしわを寄せた渋面で頷く。


「ありがと――っ! やっぱりハルちゃんは優しいよね~っ♪」


 ころっと手のひらを返したヴェリアスが、いきなり抱きついてこようとする。が、すんでのところでクレイユが間に割って入ってくれた。


 結果、ロットバルトとクレインが抱きしめあうような形になる。


 ……はっ! いま脳内に、姉貴の「ぎゃ――っ! なんておいしいシチュなの――っ!」っていう心の叫びを受信したぜ……っ!


 ちらりと視線を向ければ、舞台袖のナレーション用のマイクの前に立つ姉貴が、ぐっ! とこちらに向けて片目をつむり、親指を立てている。


 いやっ、そんな「よくやった! GJ《グッジョブ》!」って顔で親指立てられても嬉しくもなんともないからっ!


 別に狙ってやったワケじゃねえ! いやまぁ、俺がヴェリアスに抱きつかれることを考えれば、クレイユの尊い犠牲には感謝しかないけど……っ!


「ちょっとぉ〜! クレイユ、邪魔しないでくれる!? オレ、男に抱きつく趣味なんかないんだけど!」


「わたしだってそんな趣味はありません。というか、男女問わずいきなり抱きつく先輩の考え方は常識を疑いますね。」


 さも嫌そうにクレイユから身を離したヴェリアスに、クレイユが氷みたいに冷ややかな声で告げる。


 そうだっ、クレイユ! もっと言ってやれ! 俺だって男と抱きつく趣味なんざねぇっ!


 っていうか、女子に抱きつくほうがいろいろヤバいだろっ!? 俺だって見た目はいちおう女子なんだから!


 が、ヴェリアスはクレイユの氷のような視線にもまったくこたえた様子もなく、残念そうに吐息する。


「あー、やだやだ。気が削がれちゃったぜ。というワケでハルちゃん、行こっか♪」


 にぱっと笑ったヴェリアスがふたたび俺に手を差し伸べる。


 お前なぁ……っ! 少しくらいは反省しろっ!


「オディール。手をつなぐならわたしだろう?」


 負けじとクレイユも手を差し出す。


 いや、俺はヴェリアスともクレイユとも手をつなぐ気なんかこれっぽっちもないんだが!?


 けれど、舞台の中央では、イゼリア嬢達が「何をしているのかしら?」と言いたげな顔でこちらを見ている。カーテンコールなのにあんまりお客さんを待たせては、いったい何事かと思われるだろう。


 何より、イゼリア嬢をお待たせするなんて……っ!


「わかりました! 三人で行きましょう! イゼリア嬢達やお客さんをお待たせしては申し訳ないですから!」


 ここで二人が差し出す手を断れば、またぎゃいぎゃい騒ぎ出すのはわかりきっている。


 俺は心の中で嘆息すると、仕方なくヴェリアスとクレイユの手に片方ずつ己の手を重ねた。


 俺達三人が舞台の中央に進むと、合わせたようにするすると幕が開く。


 観客席から大きな拍手が上がる。カーテンコールを待っていたのか、観客席は満席のままだ。


 まずディオスとエキューの二人が並んで前に進み、二人で息を合わせて一礼する。わあっ、とさらに拍手が大きくなる。


 後ろに下がったディオス達と入れ違いに前に進んだのは、俺達三人だ。片手ずつをヴェリアスとクレイユに握られた俺は、三人で息を合わせて一礼する。


 悪役三人組だというのに、俺達にもディオスとエキュー以上の大きな拍手が贈られる。


 これは、間違いなくシャルディンさんの素晴らしい脚本のおかげだろう。シャルディンさんには本当に、どれほどお礼を言っても足りない。


 叶うことなら、シャルディンさんにも舞台に上がってもらって、この拍手を一緒に受けてもらいたいくらいだ。


 俺は隣に立つクレイユをちらりと見やる。達成感に満ちたにこやかな笑みを浮かべるクレイユは、いつものクールなクレイユとは別人みたいだ。


 俺とつないでいないほうの手を大きく振りながら観客席を見回すクレイユは、もしかしてシャルディンさんを探しているんだろうか。明るい舞台の上から見える観客席は闇に沈んでいて、残念ながら、探せそうにないけれど。


 でも、シャルディンさんとアリーシャさんは、絶対にこの舞台を見てくれているはずだ。


 クレイユがシャルディンさんを見て逃げ出した時にはどうなることかと思ったけれど、二人が長年のわだかまりを乗り越えて、仲直りできて、本当によかったと思う。


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