365 『白鳥の湖』ついにエンディング……っ!
俺の低い声に何か感じるものがあったのか、ヴェリアスとクレイユが珍しくそろって、
「ハルちゃんってば、オディール並に冷たい……っ! もう劇は終わったんだよ? まあでも、確かにクライマックスだしね……」
「すまない。邪魔をしてしまった……」
と、おとなしく引き下がる。
二人を放って、俺は舞台に熱い視線を向けた。
舞台ではまさに『白鳥の湖』のエンディングだ。
オディールとクレインにスポットライトが当たっていた間に、舞台袖で早着替えを行ったイゼリア嬢が、純白の可憐なドレスを纏ってスポットライトを浴びている。
白鳥らしく白い羽があしらわれたドレスも素敵ですけど、クライマックスのこの白いドレスも素晴らしすぎです……っ!
一組の展示で見たゴルヴェント家のウェディングドレスを
女神だ……っ! 女神が舞台に降臨なされた……っ!
そんなイゼリア嬢が高揚に幸せそうに頬を薄紅色に染めてジークフリート王子を見上げているさまは……。
控えめに言っても、最の高ですっ! 至高ですっ! ああっ、俺、生きててよかった……っ!
観客達も全員が魅入られたように舞台に集中している。
今日の『白鳥の湖』はきっと、聖エトワール学園の歴史に刻まれることになるに違いない……っ!
イゼリア嬢の素晴らしさを讃える新たな伝説が爆誕する瞬間に立ち会えたなんて……っ! 俺、感無量です……っ!
って、しっかりしろ、俺っ! いくら感動してるからって、涙を流してたらイゼリア嬢の麗しのお姿がにじんでしまう……っ!
今しか見られない超レアなお姿を、一生の記憶に残すべく、まばたきも惜しんでイゼリア嬢を見つめる。
オデット姫とジークフリート王子は、舞台の中央で、スポットライトを浴びて向き合っていた。
「オデット……。わたしが不甲斐ないせいで、きみを苦しめてすまなかった。だが……。ようやく、きみの呪いを解くことができた。嬉しいよ」
ジークフリートが、見る者を魅了せずにはいられない甘やかな笑みをオデット姫に向ける。
きっと、観客達もこの笑みに魅了されているに違いない。
代表してそれを示すかのように、うっとりとジークフリートを見上げたオデット姫が、優雅な仕草でかぶりをふる。
「ああっ、ジークフリート様。どうか、そんな風におっしゃらないでくださいませ。ジークフリート様が不甲斐ないなんて、そんなことあるはずがございません。わたくしの呪いを解くために魔王ロットバルトに立ち向かってくださったジークフリート様や皆様には感謝しかございません!」
きっぱりと言い切ったオデット姫が、ジークフリートに身を寄せる。
「戦いの間、ずっと生きた心地がいたしませんでした。ジークフリート様がご無事で、本当によかった……っ!」
真摯な想いをのせた感極まった声。
イゼリア嬢の迫真の演技に、こらえていた涙がふたたびあふれそうになる。
うんっ! 正直オディールにたぶらかされてオデット姫を裏切ったジークフリートなんざ、八つ裂きにしても足りないくらいの大罪人だけど、ジークフリートに何かあったら、イゼリア嬢が哀しんじゃうもんな……っ!
そういう意味では無事に生き残ってくれてよかったぜ! ヴェリアス演じる魔王ロットバルトも、ほんと
にしても、イゼリア嬢の演技の素晴らしさよ……っ!
ジークフリートの無事を喜ぶ心が見ているこちらにまで伝わってきて、本当によかった……っ! と俺まで嬉しくなってくる。
ジークフリートがそっとオデット姫の肩を掴んだ。
「オデット。きみに、どうしても伝えたいことがあるんだ……」
緊張に硬く張りつめた声、その声に、オデット姫が不安そうにジークフリートと見上げる。
と、ジークフリートがそっとオデット姫の前に片膝立ちでひざまずく。
「わたしは、オディールの真実を見抜けず、きみを傷つけてしまった情けない男だ。だが、きみを思う気持ちだけは、誰にも負けないと断言できる。こんなわたしでよかったら……。どうか、もう一度きみに愛を誓わせてもらえないだろうか? きみを愛しているんだ、オデット。どうか、わたしの妃になってほしい」
胸に迫る愛の言葉。
誰もが
「もちろんですわ! わたくしも、ジークフリート様を心からお慕い申し上げております……っ!」
オデット姫がこらえきれないとばかりに、ジークフリートの胸へ飛び込む。
さっと立ち上がったジークフリートが、しっかとオデット姫を抱きしめた。
くぅぅぅ……っ! こんな可憐なオデット姫を抱きしめられるなんて、羨ましいっ! 羨ましすぎるぜ、ジークフリート――っ!
まあ、俺の場合、もしそんな幸運に恵まれたら、歓喜のあまり昇天する未来しか見えないけど……っ!
「オデット」
「ジークフリート様……っ!」
互いの名を感極まったように呼び合ったオデット姫とジークフリートが熱いまなざしで見つめあう。
「きみを一生大切にすると誓おう。もう二度と、きみを哀しませたりなんてしない」
きっぱりと告げたジークフリートが甘やかに微笑む。
「愛しているよ、オデット」
ジークフリートの面輪がゆっくりとオデット姫に近づき――。
ちゅ、と額にくちづけが落とされる。
ぎゃ――――っ! 本番にはでこちゅーがあるって知ってたけど! 知ってたけどっ!
実際に目の前で見るのは、あまりに精神ダメージが大きすぎる……っ!
ああぁぁぁ……っ! イゼリア嬢の麗しのおでこがリオンハルトなんかに――っ!
ショックのあまり、よよよ……、と気が遠のきそうになるが、何とかこらえる。
だって、この上なく幸せそうなイゼリア嬢の笑顔が神々しすぎるからっ!
気を失ってこれを見逃すなんてこと、天地がひっくり返ってもできねぇ……っ!
ああ……っ! イゼリア嬢のその笑みを見られただけで、オディール役を頑張った甲斐がありました……っ!
寄り添う二人を照らしていたスポットライトがゆっくりと暗くなってゆく。同時に、
完全に閉まり切ったところで、まるで夢から醒めたかのように、それまで静まり返っていた観客から、割れんばかりの拍手が巻き起こる。
まるで劇場全体が揺れるかのような万雷の拍手だ。
こんなに拍手が巻き起こるほどお客さんを喜ばせられたかと思うと、じんと胸が熱くなる。
これで、オデット姫を演じたイゼリア嬢の名声がさらに広まるハズ……っ!
シャルディンさんっ! アリーシャさんっ! 観てくれてましたかっ⁉ 俺、やりましたっ!
イゼリア嬢のオデット姫を引き立てるためにオディールを演じきりました……っ!
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