364 魔王ロットバルトが倒れ、そして……。
「お父様……っ!」
反射的に駆け寄りかけたオディールが、唇を噛みしめて足を止める。
その身体に手を伸ばし、優しく抱き寄せたのはクレインだ。
「オディール、すまない。これ以外に、きみを解放するすべが思い浮かばなかった。……恨みたいなら、わたしを恨んでくれればいい。きみが望むならどんな仕打ちでも甘んじて受けよう」
「クレイン……」
涙に潤む声で呼んだオディールが、きっ! とクレインを睨み上げる。
「馬鹿にしないで! これはあなただけのせいじゃないわ! あたしが自分の意志で選んだ結果よ! いくらあなたでも、お父様みたいにあたしを扱ったら許さないから!」
自分でも強がりだとわかっていながら、それでもクレインを睨みつけてきっぱりと告げる。
オディールの言葉に虚をつかれたように蒼い目を瞠ったクレインが柔らかな笑みを浮かべる。
「やっぱりきみはきみだな、オディール。意地っ張りで気位が高くて……。けれど、そんなところも愛おしくてたまらない」
ふだんのクレインからは考えられないほどの甘い言葉。小さく息を呑んだオディールが、赤く染まった頬を見られまいとするように顔を背ける。
「そ、そんなことを言って、あたしをほだそうとしても無駄よ! あたしがあなたの味方をしたのは、あたし自身がお父様から自由になりたかったからであって、別にあなたを助けようとしたわけじゃ……っ!」
「オディール」
そっぽを向いたまま、語気も荒く告げたオディールの腕を、クレインが不意に強く引く。
ふらりとよろめいたオディールは、次の瞬間、クレインの腕の中に閉じ込められていた。
「きみの強がりなところも、すべてが好きだ。だが……。お願いだから、わたしの前では自分を偽らないでくれ。そんなことをしなくとも、わたしがきみに愛想を尽かすことなんて、天地がひっくり返ってもありえない」
熱のこもった言葉に
クレインのあたたかな手のひらがオディールの頬を包んだかと思うと、背けていた顔を、そっとクレインのほうへ向けさせられた。
「オディール……。そのままきみが好きなんだ。決して、ロットバルト様のように、きみを縛りつけることなんてしない。だから……。どうか、わたしの想いを受け入れてくれないか?」
真っ直ぐにオディールを見つける蒼い瞳。真摯に紡がれる言葉は、聞いている者の心までしめつけそうなほど切なげで。
「オディール、どうか……」
「クレイン……」
クレインを見上げたオディールが、不意に、意地を張るのを諦めたように口元をゆるめる。
「そうね。あなただけはいつでも、あたし自身を見てくれてたわね。あなたには、根負けしたわ」
くすりと笑みをこぼしたオディールに、クレインが蒼い目を
「オディール……。ありがとう。この喜びを、どうやって伝えたらいいのか……っ」
感極まったように言葉を詰まらせたクレインが、次いで蜜よりも甘い笑みを浮かべる。
「オディール……」
愛おしげに名を紡いだクレインの面輪が、ゆっくりと下りてくる。
オディールが、そっと目を閉じ。
その額に、ちゅ、と愛おしげにくちづけが落ちる。
二人に当たっていたスポットライトがゆっくりと暗くなり――。
終わった――っ! ようやくオディールの出番が終わったぜ――っ!
おいっ、クレイユ! いつまで抱きしめてでこちゅーしてやがるっ! もうスポットライトは外れたんだから、さっさと離れろっ!
俺はクレイユの顔をぐいぐい押しやり、無理やりクレイユの腕の中から逃げるように出て、舞台袖に引っ込む。
これからオデット姫のクライマックスをかぶりつきで見るっていう重大な使命があるんだよっ!
「ハルちゃ~ん、お疲れ~♪ オレがおでこにちゅーして消毒してあげようか?」
一足先に舞台袖に引っ込んでいたヴェリアスが両手を広げてにこやかに俺を迎えるが……。
は? 何を言ってるのか意味がわかんねぇよっ!
なんでヴェリアスにまで、でこちゅーされないといけないんだよっ! クレイユにされるのだって、シャルデンさんの台本に書いてあったから仕方なくしただけだし……っ!
真面目なクレイユは『本番だけだと緊張して失敗する可能性もある。やはりちゃんと練習をするべきだ』って、練習の時から額にくちづけるべきだと主張していたけど……。
『いくら劇とはいえ、みだりにくちづけするべきではないだろう』
と主張してくれたリオンハルト、マジでありがとう!
『俺もリオンハルトの言葉に同意する。いくら劇とはいえ、一定の節度は保つべきだ』
『先輩達の言うとおりだよ! クレイユなら失敗なんてしないでしょう!?』
ディオンとエキューも熱心に同意してくれたし……。
そうだよなっ! 俺だって、いくら劇とはいえ、イゼリア嬢とリオンハルトがくちづけするところなんて見たくないっ! っていうかリオンハルト代われっ! お願いですから代わってください……っ!
って、そうだよ! ヴェリアスなんかにかまっている暇なんざねぇっ!
「ヴェリアス先輩。わたしのオディールにちょっかいをかけるのはやめてもらえますか?」
冷ややかに告げたクレイユに、ヴェリアスが挑戦的に紅い瞳をきらめかせる。
「ん~? 確かにオディールはクレインと結ばれたけど、それは舞台の上だけ。舞台から下りたハルちゃんはオレの――」
「ヴェリアス先輩、何ワケのわからないこと言ってるんですか。邪魔なので静かにしていてください。クレイユ君もうるさくするんなら奥に行っててもらっていい?」
ヴェリアスもクレイユも! 俺はこれからイゼリア嬢のクライマックスを目に焼きつけるんだからっ! 横で騒いで雑音なんか出すんじゃねぇっ!
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