362 理由なんて、決まっている。
「どう、して……?」
こぼれた声は震え、かすれていた。
クレインの蒼い瞳が、切なげに細くなる。
「ずっとそばできみを見ていたんだ。気づくよ。けれど、わたしにはロットバルト様に対抗するだけの力はなく……。これまで、きみをロットバルト様の呪縛から解き放つことができなかった。けれど、今なら」
クレインの面輪に固い決意が宿る。袖を掴んでいたオディールの手をほどき、代わりに、その指先を両手で包むように握りしめた。
「ジークフリート王子達の助力を得られる今なら、ロットバルト様を倒せるかもしれない」
オディールの手をぎゅっと握りしめたクレインが熱っぽく言い募る。
「いいや。たとえ、きみが反対したとしても、わたしは戦う。――きみに自由を味わってほしいんだ、オディール」
「自、由……」
おうむ返しに呟いたオディールの声は、まるで融け消えるように儚い。
自由なんて、これまでオディールが生きていた中には、まったくなかった。
常に父であるロットバルトに支配され、盲愛という
本当の意味でオディールが自分自身のために選んだことなんて、何ひとつ、ない。
「む、無理よ……っ!」
クレインの言葉を己の中で
「お父様から自由になるなんて、そんなこと、できるはずがないわっ! だって、ずっとずっとお父様があたしのすべてを決めてきたんだもの! 今さら、離れられるわけが――っ!」
「だが、本当はそれを望んでいるんだろう?」
「っ!?」
クレインの静かな言葉が、矢のようにオディールの胸を貫く。
いつの頃からだろう。父の執着を重く感じ始めたのは。「お前を愛しているよ、オディール」と優しく囁きながら、オディールの行動すべてに目を光らせ、制限する父に違和感を覚えたのは。
本当は、ずっと自由になりたかった。
与えられるものをただ受け取るのではなく、自分のことを自分で決めて、誰にも指図されないようになりたかった。
けれど。
「無理……っ! 無理よ……っ! お父様から自由になんてなれるはずがないっ! お父様は魔王なのよ!? 逆らえるはずが……っ!」
「逆らいたいなら逆らえばいい。わたしが、手助けする。ロットバルト様に勝って、きみを自由にしてみせる」
「どうして……っ!?」
迷いなく告げるクレインに目を見開く。
「どうしてそんなことを言えるの!? 勝てる見込みなんて限りなく低いのに! あたしを自由にするなんて……っ!」
オディールの責め立てる声に、不意にクレインがふわりと微笑む。
まるで、オディールを包み込むように、柔らかに。
「決まっているだろう? きみを――」
「たわごとはそこまでにしてもらおうか。わしのオディールを、これ以上たぶらかすのはやめてもらおう」
ロットバルトの不機嫌な声がクレインの言葉を遮る。クレインを睨みつける紅い瞳は、まるで炎を宿しているかのようだ。
「クレイン。お前がわしを倒したいのはよくわかった。それが、どれほど愚かな望みか、わしが直々に教えてやろうではないか!」
恐ろしい声で哄笑したロットバルトが、オディールを見やり、打って変わった猫なで声を出す。
「さあ、オディール。そんなたわけ者は放って、わしの元へおいで。恩知らずのクレインと、ついでにオデットとジークフリート達を滅ぼして城へ帰ろう。そしてわしとまた面白おかしく暮らすのだ。愛しいオディール。お前のためならば、どんな望みでも叶えてやるぞ?」
「お父様……」
ロットバルトの蜜のように甘い声にオディールは迷うように視線を揺らす。
いつもなら従う父の言葉に、すぐに動けないのは、自分が離れれば即座にクレインが攻撃されるとわかるからだ。
父親には逆らえない。けれど、クレインにも死んでほしくない。
相反する思いに、どうすればいいのかわからず、動けなくなる。
と、ふいにクレインに腕を引かれる。よろめいた身体を、強く抱きしめられた。
「行くな、オディール」
いつも冷静なクレインと同一人物とは思えないほどの熱のこもった声。
「お願いだから、挑みもせずに諦めないでくれ。わたしも己の望みを諦めるつもりはない。だから……っ!」
「どう、して……?」
なぜ、こんなにも胸が
それほどまでしてクレインがオデットの呪いを解きたいのかと思うと、泣いて問いただしたい気持ちに襲われる。
「どうして?」
オディールの問いかけに、クレインの蒼い瞳が切なく細まる。
「理由なんて、決まっている。――きみが好きだからだ。オディール」
「っ!?」
予想もしていなかった言葉に息を呑む。
身体に回されたクレインの腕にぎゅっと力がこもった。
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