361 どうしてそんなにオデットがいいの!?


「長くロットバルト様にお仕えしてきたわたしは、ロットバルト様の弱点を知っている。わたしが力を貸せば、倒すことも不可能ではないかもしれない」


「馬鹿なことを言わないでっ!」


 ぴしゃりとオディールがクレインの言葉を一刀両断する。


「お父様に勝つなんて、そんなこと、できるわけがないでしょう!? クレイン、いったいどうしてしまったの!? どうして……っ!? それほどまでして、オデットの呪いを解きたいの……っ!?」


 オディールの声が震える。クレインの袖を掴む手に、すがるように力が籠もった。


「あなたまでオデットを選ぶのねっ!? 誰もかれもがオデット、オデット……っ! どうしてそんなにオデットがいいの!? どうしてあたしにはお父様の他は誰も……っ!」


「オディール? 何を言っている?」


 クレインがオデットに味方することに動揺し、思わず心のうちを吐露したオディールに、クレインが驚いたように蒼い目を瞠る。


「待ってくれ。わたしはオデット姫にかれているわけじゃない。わたしがたったひとり、誰よりも幸せにしたいと願っているのは――」


 いまにも泣きそうに顔を歪めたオディールの手をクレインが握り返す。身を乗り出し、真剣な表情でオディールを見つめたクレインがすべてを言い切るより早く――。


「わしを倒そうなどという愚か者どもが湧き出しているようだな」


 哄笑とともに、黒い豪奢な衣装を身に纏った魔王ロットバルトが舞台に現れる。


「これはこれは。ずいぶん面白いことになっているようじゃないか」


 舞台にいる面々を見回したロットバルトが楽しげに唇を吊り上げる。


 口元に浮かぶ笑みとは裏腹に、紅い瞳に冷ややかな光をたたえて、ロットバルトは周囲を睥睨へいげいする。


 蒼白な顔のオデット姫と、彼女を支えてロットバルトに厳しいまなざしを向けるジークフリート。


 ディオンとエリューは剣の柄に手をかけて身構え、いつでも前に飛び出せる体勢をとっている。


 クレインも、まさかロットバルト本人がこの場へ現れるとは思っていなかったのだろう。オディールの腕を掴んだまま、驚きに凍りついた表情で主を振り返り、動きを止めている。


 そして、オディールは――。


「おいで、オディール」


 すがるようにクレインの腕を掴むオディールに、一瞬不快げに眉を寄せたロットバルトが、すぐに笑顔を浮かべてオディールを呼ぶ。


 愛娘に向けられた柔らかな笑みは、まるでジークフリート達など眼中にないかのようだ。


「オデットの呪いは決して解けず、お前の願いは叶った。もうこんな城にいる理由はないだろう? さぁ、わしと一緒に魔王城へ帰ろう。そして、わしにその可憐な姿を愛でさせておくれ。ふだんのお前も愛らしいが、違う装いのお前は格別だね」


 まるで恋人に告げるかのように、ロットバルトが甘やかな笑みをオディールに向ける。


 まるでオディールを閉じ込める薔薇のおりのような、かぐわしく重い不可視の圧。


「お父、様……」


 呼びかけた声はかすれてうまく音にならない。


 いつものように、父のもとへ行くべきだ。そう思うのに、なぜか身体が動かない。


 代わりに口から出たのは、かすれた問いかけだった。


「あたしがお父様のところへ行ったら、クレインをどうする気なの……?」


 先ほどクレインに向けられた刺すような視線。思い出すだけで背筋が震えるようなまなざしでクレインを射貫いたロットバルトが、何もしないとは思えない。


 オディールの問いかけに、ロットバルトが至極あっさりと答える。


「もちろん、消滅させるに決まっているだろう? わしを裏切ろうとしたばかりでなく、お前をたぶらかそうとしたのだ。千々に引き裂いてもまだ足りん。ああ、もちろん簡単には消滅させんぞ? 己がどれほど分不相応な行いをしたのか理解するまで、たっぷりといたぶった上で、塵ひとつなく消し去ってやる」


 くつくつと愉悦に喉を鳴らすロットバルトの目は本気だ。だが、オディールは信じられずに縋るように父を見やる。


「どうして……っ!? どうしてなの、お父様っ!? そこまですることなんてないでしょう!? クレインはちょっと血迷っているだけよ! だって、ずっとずっとあんなにお父様に忠実に仕えていたじゃない……っ!」


「いや、クレインはずっと昔からワシを裏切っていたさ。……なぁ、そうだろう?」


 すべてわかっていると言わんばかりのロットバルトの表情に、クレインは諦めたように吐息して頷く。


「ロットバルト様ではなく、オディール様を第一に考え、お仕えしていたことを裏切りというのなら、そうでしょうね」


「クレイン! 何を言ってるの……っ!? 早くお父様に謝って……」


「いいえ、謝罪はしない。しても無駄だ」


 戸惑いながら促すオディールに、クレインがきっぱりと首を横に振る。


「いずれ、こうなることはわかっていた。ならば、共闘する味方を得られた今が好機ということだろう」


「クレイン! いったい何を言って……っ!?」


 オディールには、クレインが何を考えているのか、理解できない。


 戸惑うオディールを真っ直ぐに見つめ、クレインが口を開く。


「オディール。きみはずっと、ロットバルト様の支配から抜け出したいと、心の中で願ってきただろう?」


「っ!?」


 誰にも告げたことのない、心の奥の願いを口に出されて、息を呑む。


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