360 真実の愛で呪いが解けるなんて……。そんなこと、あるはずがないのに!


「愛なんて不確かなものに希望を見い出すから、こんなことになるのよ! 本当に愚かね! 真実の愛で呪いが解けるなんて……。そんなこと、あるはずがないのに!」


 侮蔑もあらわにふたたび高笑いを上げた俺は、不意に肩を落とし、顔を背ける。


「そうよ……。真実の愛で呪いが破れるはずがないわ……っ!」


 思わずといった様子でこぼれた低く苦い声は、まるで自分に言い聞かせるようで。


 だが、次の瞬間、オディールは唇を引き結び、憎々しげに表情をとりつくろってオデット姫に向き直る。


「さあ、オデット! いったいどうするつもりかしら? もうあなたの呪いは解けないのよ?」


 ジークフリートに支えられるオデット姫に歩み寄りながら、オディールは楽しくてたまらないとばかりに唇を歪める。


「絶望に泣き叫ぶところを見せてくれるのかしら? それともあたしが憎くてたまらないと掴みかかってくるのかしら?」


「そんなこと……っ!」


 血の気の失せた顔でかぶりを振るオデット姫に、オディールはつまらなさそうに鼻を鳴らす。


「いい子のフリはもうたくさんよ! いい加減、本性を見せたらどうなの? お父様に頼んで呪いをかけさせたあたしを憎んでいるんでしょう!?」


 オデット姫の言葉には耳も貸さず、オディールは挑発するようにキツイ言葉を投げつける。


「そうでなかったら、どうしてクレインまでもがあなたと……っ! それほど呪いを解きたかったんでしょう? クレインをたぶらかして、あたしを裏切らせてまで呪いを解こうとしたのに、残念だったわね!」


「わたしはたぶらかされてなどいない!」


 オディールの言葉に、オデット姫より早く声を上げたのはクレインだ。オディールへ歩み寄ったクレインが、ジークフリート達の視線を遮るように前に立つ。


「何があろうと、わたしがきみを裏切ったりなどするものか! きみこそ……。ロットバルト様にどう言われてそそのかされたのか知らないが、なんと愚かなことを……っ!」


 オディールを見やるクレインの表情は、まるで小さな子どもをいさめるかのようだ。


 責めるでなく、ただただオディールを気遣うような様子に、オディールは苛立った声を上げる。


「お父様に唆されてなんていないわ! あたしがあたしの意志でオデットに化けたのよ! オデットが気に食わなかったから、ジークフリートをだましてやったの!」


 差し伸べられたクレインの手を振り払い、オディールは逆にクレインを糾弾する。


「裏切り者はあなたでしょう!? オデットに力を貸すなんて……っ! お父様が知ったらただじゃすまないわよ!?」


 ロットバルトが溺愛する娘以外にはどれほど冷酷なのか、オディールは嫌というほど知っている。


 二人のやりとりに疑問の声を上げたのはディオンとエリューだ。


「どういうことだ? クレインはオデット姫の呪いを解かせまいと味方のふりをして俺達に近づいたんじゃないのか……?」


「クレインは僕達の味方? それとも敵? どちらなの……?」


 ディオンとエリューの言葉に、クレインが苦しげに顔を歪める。


「わたしはお前達の敵でも味方でもない。ただ、オディールがオデット姫に執着しているから、呪いを解けばオディールも執着をやめるだろうと考えただけだ。わたしが誰よりも大切なのは――」


「だが、わたしが間違ったばかりに、オデットの呪いはもう解けはしないのだろう?」


 クレインの声を遮ったのはジークフリートだ。


 放すまいと言いたげにオデット姫を強く抱きしめたジークフリートの端整な面輪は、見る者の心をきしませるような悔悟に満ちている。


「ジークフリート様……。どうか、ご自分を責めないでくださいませ」


 オデット姫が澄んだ声でジークフリートを慰める。


「たとえ呪いが解けなかったとしても、わたくしがあなたを想う心は変わりません」


 オデット姫……っ! ジークフリートの目が節穴だったばっかりに呪いを解く機会を失ったっていうのに、ジークフリートを気遣うなんて……っ!


 もうっ、天使すぎますっ! その白い羽は白鳥じゃなくて実は天使ですねっ!?


 呪いが解けなくなったというのに、ただただジークフリートを純粋に想うオデット姫の清らかさよ……っ! 見ているだけで俺の心まで洗われそうです……っ!


 じーん、と心のうちで感動にひたっている俺の耳に、クレインのきっぱりとした声が届く。


「――いや。まだひとつだけ、呪いを解く方法がある」


「呪いを解く方法が!? それは何だっ!?」


 間髪入れずジークフリートが問い返す。


 ジークフリートを真っ直ぐ見つめ返し、クレインがゆっくりと口を開いた。


「それは――。呪いをかけた張本人である魔王ロットバルトを倒すことだ」


「っ!?」

 クレインの言葉に、全員に衝撃が走る。


 真っ先に否定の声を上げたのはオディールだ。


「クレイン、何を考えているの!? 正気なのっ!? お父様を倒すなんてそんなこと……っ! できるはずがないわ! 返り討ちに遭うだけよ!」


 血相を変え、オディールは思わずクレインの腕を掴む。


 決意に満ちた声を上げたのはジークフリートだった。


「だが、やってみなければわかるまい。オデットの呪いを解くには、その方法しかないのだろう?」


 覚悟を決めた表情で、ジークフリートが静かに告げる。ディオンとエリューがすぐに応じた。


「ひとりで戦わせたりなどするものか! もちろん俺達も助力するぞ!」


「そうです! ジークフリート王子だけを、ひとりで危険に飛び込ませたりなんてしません!」


「ディオン……。エリューも。これほど愚かな過ちを犯したわたしに、まだ力を貸してくれるとは……。ありがとう。どれだけ感謝すればいいのか……」


 ディオンとエリューを交互に見つめ、ジークフリートが真摯に感謝の言葉を紡ぐ。


 感動的な友情のやりとり。だが、オディールが、冷水を浴びせかけるように冷ややかに告げる。


「ひとりが三人になったって同じことよ! 魔王であるお父様に勝てるはずがないわ……っ!」


「なら、四人ならどうだ?」


「クレイン!?」


 参戦を口にしたクレインに、オディールが愕然と目を見開く。だが、クレインの声は止まらない。


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