358 いくらリオンハルトがきらびやかだろうと、負けられねぇっ!


 『白鳥の湖』の劇は無事に進行し、いよいよ舞踏会のシーンが近づく。


 ジークフリート王子がオデット姫を舞踏会に招き、皆の前で真実の愛を誓うことで、オデット姫にかけられた呪いを解こうとするシーンだ。


 が、もちろん、すんなりとジークフリートとオデット姫の恋が成就するわけがない。


 原作と同じく、オデット姫はロットバルトの妨害によって舞踏会に遅れてしまい、代わりにオデット姫に化けた俺、オディールが舞踏会に出ることになるのだ。


 白鳥に姿を変える呪いをかけても、オディールのオデット姫を憎む気持ちはおさまらない。


 それどころか、呪いをかけられてさえジークフリートに愛されたオデット姫にいっそうの怒りを募らせてしまう。


 自分には束縛してくる父親しかいないのに、なぜオデット姫ばかりが、愛され、大切にされるのかと。


 それゆえ、オデット姫に絶望を与えるべく、オデット姫のふりをしてジークフリート王子に愛を誓わせ、呪いが解けないように妨害するのだ。


 舞台裏で控えていた『プロープル・デュエス』のジョエスさん達に手早く舞踏会用の衣装に着替えさせられた俺は、舞台袖で緊張しながら出番を待っていた。


 舞踏会用のドレスは『プロープル・デュエス』のデザイナー、ジョエスさん渾身こんしんの作だ。


 黒鳥オディールがオデット姫に化けていることを示すために、左側が黒、右側が白のアシンメトリーなドレス。


 黒の左側にはフリルがほとんどなくすっきりとスレンダーな印象なのに対し、白い右側にいくにつれ、フリルやレースが増えていき、オデット姫にふさわしいふわりと愛らしい印象へと変わる。


 右半身だけ、もしくは左半身だけを見れば、別のドレスにしか見えないだろう。

 もちろん、このデザインにはちゃんと意味がある。


 本当にほしいのは魔王ロットバルトの束縛から解き放ってくれる自分だけのたったひとりの騎士ナイトなのに、オデット姫に化けてジークフリートの偽物の愛を得ようとしているオディールの精神のちぐはぐさをあらわしてもいるのだ。


 そんなところまでドレスであらわせるなんて、ジョエスさんってすごい! と感心するほかない。


 このドレスを着たオディールが登場する舞踏会のシーンは、悪役の面目躍如と言わんばかりに活躍する『白鳥の湖』の中でも重要なシーンなんだけど……。


 正直に言えば、俺の苦手なシーンなんだよなぁ……。


 いくら練習してもなれないっていうか、もうっ、リオンハルトのきらきらっぷりがまぶしすぎてっ!


 が、今は本番。泣いても笑っても一度きりだ。


 イゼリア嬢のオデット姫を際立たせるために、見事ジークフリートを誘惑するオディールを演じてみせますっ!


 うっし、やってやるぜ! と心の中で気合いを入れ、スポットライトに照らされた舞台へと出る。


 オデット姫に化けたオディールが舞台に登場すると、ディオンとエリューが息を呑む。


 オディールが化けていることに気づかぬ二人は、オデット姫だと思って賛美するのだ。


 それはジークフリートも同じで――。


「オデット! きみを待っていたよ。今宵のきみはいつも以上に美しい」


 端麗な面輪に輝くような笑みを浮かべて、リオンハルトがオディールに歩み寄る。


 うおっ! まぶしい……っ!


 照明さーんっ! リオンハルトの真後ろからスポットライトを当てるのは勘弁してください……っ!


 って違った。スポットライトのせいじゃなくてリオンハルトが放つ輝きのまぶしさだった。


 さすが、生粋きっすいの王子様。後光が半端ない……っ! ぶわっと花咲く薔薇の幻影まで見えたぞ……っ!


「ジークフリート様にそのように言っていただけるなんて、なんと嬉しいことでしょう。特別なこの日のために装ってきた甲斐がありますわ」


 リオンハルトのまばゆさに気圧されている場合じゃない。


 歩み寄るジークフリートに、俺は余裕をもって婉然えんぜんと微笑み返す。


 今の俺は悪役の黒鳥オディール! ジークフリートをとりこにして翻弄ほんろうし、この場を支配するのは俺だぜっ!


 いくらリオンハルトがきらびやかだろうと、負けられねぇっ!


「美しい姫。どうか、わたしと一曲踊っていただけますか?」


 甘やかな笑みとともに、ジークフリートがオディールにダンスを申し込む。


「ええ、喜んで」


 悠然と応じた俺の手をとり、ジークフリートがオディールを舞台の中央に導く。同時に華やかなワルツの音色が流れ出した。


 ジークフリートとオディールのダンスのシーンだ。


 くるり、くるりと舞台の中央でジークフリートとオディールが観客の視線を釘付けにして華やかに踊る。


 練習の時にも何度も踊ったが、リオンハルトのリードは本当に巧みで、俺までダンスが巧くなったんじゃないかと思うほどだ。


 っていうか、リオンハルトと踊っていると、嫌でも思い出すんだよなぁ……。初めてリオンハルトと踊った生徒会役員を決めるためのマリアンヌ祭を……。


 ああっ! あの時、エイプル先生が怪我をしてリオンハルトが代打を申し出なかったら、俺は一位になってイゼリア嬢に敵意を向けられることなく、二位で生徒会の一員になれていたかもしれないのに……っ!


 まだ二学期も中頃だというのに、入学してすぐに催されたマリアンヌ祭が遥か昔のように思える。


 出会ったばかりの頃のツンツンしたところしか見せてくださらなかったイゼリア嬢のことを思えば、最近のイゼリア嬢は、生徒会の一員として認めてくださったからか、俺に対する表情や態度も若干柔らかくなったような気がするし、ときどき照れたようなお顔も見せてくださるようになったし……っ!


 うんっ! 俺、着実にイゼリア嬢の親友ポジションに近づいてる……ハズ! むしろ、そろそろ友人と言ってもいいレベルにまで達しているかも……っ!?


 やっぱり、着実かつ堅実な一歩一歩の積み重ねが大事だよなっ! 『白鳥の湖』も成功させて、イゼリア嬢にもっと認めていただかなきゃ……っ!


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