354 落ち着け俺っ! 本番直前に衣装を汚したら取り返しがつかないぞっ!


 だが、ジョエスさんデザインの豪奢ごうしゃな舞台衣装に身を包んだイケメン達がきらびやかなのは確かだ。


 何だか急に周りが明るくなったような気がするけど、廊下の照明が急にスポットライトに変わるはずがないから、きっとイケメンどもが揃い踏みした効果に違いない。


 ……イケメンどもがそろったら、もしかしてまばゆさで光熱費が浮く? ってそんなわけはないか。


「ハルシエル嬢もイゼリア嬢も、とても可憐だね。観客の視線が舞台にくぎづけになるに違いない」


 リオンハルトが甘やかな笑みを浮かべる。


 途端、イゼリア嬢の頬がぽっと薄紅色に染まった。


 きゃ――っ! 可憐さが百倍増しです――っ! 思わず鼻血を吹き出しそう……っ! 落ち着け俺っ! 本番直前に衣装を汚したら取り返しがつかないぞっ!


「いえっ、リオンハルト樣の凛々しさや高貴さには敵いませんわ! リオンハルト樣も皆様も、とても素敵でいらっしゃいます……っ!」


 イゼリア嬢がアイスブルーの瞳をきらめかせてリオンハルトを見上げる。


 きっとイケメンどもが舞台に上がったら、観客の女性が全員こんな風に熱視線を送るんだろう。


 イゼリア嬢のまなざしを優雅な微笑みで受け止めたリオンハルトが穏やかな声を紡ぐ。


「本番直前で緊張しているようだったが……。心配はいらないよ。舞台に上がるのはひとりきりじゃない。もし何かあっても、わたし達がフォローするからね」


「リオンハルト樣……っ! なんと嬉しく頼もしいお言葉でございましょう……っ!」


 イゼリア嬢の面輪が感極まったようにますます紅くなる。頼もしい様子で頷いたのはディオスだ。


「ああ。ハルシエル嬢もイゼリア嬢も、失敗するかもなんて不安は捨てて、全力で演じればいい。何があろうと俺達がカバーするから」


「そーそー、熱が入り過ぎてオレの胸に飛び込んできても、しっかり受け止めてあげるからね♪」


 ぱちん、とウィンクしたのはヴェリアスだ。


「いえ、間違ってもそんなことしませんからっ!」


 すかさず俺が突っ込むと、クレイユが同意した。


「そうです。オディールが胸に飛び込んでくるなら、魔王ロットバルトではなくわたしの胸に決まってるでしょう?」


 いやっ、クレイユの胸にも飛び込む気なんてないからっ!


 ……まあ、台本の中で近いシーンはあるけどさ……。


「というか、ヴェリアス先輩もクレイユ君も、私がドレスの裾を踏んづけて転ぶと思ってるんですかっ!? さすがにそんなヘマはしませんっ!」


 きっ! と二人を睨むと、


「やだなぁ、ハルちゃん。そういうワケじゃなくて……」


「い、いや、きみがそんな失敗をすると予想しているわけじゃない」


 とそろってなぜか微妙な表情をされた。


「ハルシエルちゃんっ! 一生懸命頑張って、シャルディンさんに素敵な舞台を見せようねっ!」


 天使の笑顔で天使なことを言ったのはエキューだ。


 心が洗われる清らかな言葉……っ! やっぱりエキューってば、背中に天使の羽を隠してるんじゃないか!?


「シャルディン氏って誰ですの?」


 きょとんと可愛らしく小首をかしげたのはイゼリア嬢だ。


 そっか、イゼリア嬢だけシャルディンさんやアリーシャさんと会っていないもんな。


 けど、クレイユとシャルディンさんの事情を、イゼリア嬢はどこまで知ってらっしゃるんだろう……?


 迂闊うかつに答えることができず悩んでいると、クレイユが穏やかな表情で口を開いた。


「今回の『白鳥の湖』の脚本を手がけてくれた劇作家だ。……そして、わたしの伯父上でもある」


「まあ……っ!」


 驚愕の声を上げたイゼリア嬢が、 アイスブルーの目を瞠る。


「ではあの……っ!?」


 かすれた言葉から察するに、イゼリア嬢もシャルディンさんのことは知っているらしい。が、可憐な面輪に浮かんだのは、侮蔑の表情ではなく見惚れてしまうような柔らかな笑みだ。


「では、伯父様のためにも、今日の劇は何としても成功させなくてはなりませんわね」


 天使――っ! エキューとだけじゃなく、ここにもうおひとり天使がいらっしゃいます――っ!


 イゼリア嬢の心の清らかさに感動していると、リオンハルトが力強く頷いた。


「ああ、イゼリア嬢が言う通りだ。おかげでわたし達も気合いが入っていてね」


 なるほど。イケメン達にやたら気合いが入ってくださいと思ったら、そういうわけか。


 俺だって、シャルディンさんだけじゃなく演技にアドバイスをくれたアリーシャさんにも、立派なところを見せたいしなっ!


 何より、立派にオディールを演じて、主役のイゼリア嬢を引き立ててみせるんだ……っ!


 そして少しでもイゼリア嬢の好感度アップを……っ!


 ぐっと拳を握りしめて決意していると、リオンハルトが優雅な笑みを浮かべた。


「どうやら、みんなの心がひとつになったようだね。心配はいらない。みんなが今日までしっかりと練習してきたのは、わたし達自身が誰よりも知っているからね。練習通りにすれば大丈夫だ」


「そうですわね……っ!」


 リオンハルトを見上げて頷いたイゼリア嬢の顔からは、すでに緊張は抜けている。


「さあ、行こうか」


 リオンハルトの言葉に、俺達は力強く頷いた。


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