351 素敵なお友達に恵まれているのね


 ぱたりと扉を閉めた瞬間、こらえきれないと言いたげにエキューが大きく吐息する。


「はぁぁ~っ、本当によかったぁ……っ! それもこれも、ハルシエルちゃんのおかげだねっ! ありがとう! どんなにお礼を言っても言い足りないよっ!」


 俺を振り返ったエキューが、喜びを抑えきれないとばかりに、両手でぎゅっとオレの手を握りしめる。


「そ、そんなこと……っ! 私ひとりの力じゃないわ! だって、一番つらい時の小さかったクレイユをそばで支えたのはエキュー君でしょう……っ!? エキュー君がいてくれたから、クレイユ君は立ち直れたんだと思うもの!」


 ぶんぶんとかぶりを振って告げると、エキュー君が自信なさげに眉を下げた。


「そう、なのかな……? だって僕は、クレイユが伯父さんと向き合う決意まではさせられなかったから……」


「そんなことないわっ! 私はたまたまタイミングが合っただけよ! エキュー君がいつもクレイユ君のそばで支えてあげていたから、クレイユ君も勇気を振り絞れたんだと思うもの! きっとクレイユ君だって、心の中でエキュー君にいっぱい感謝してるはずよ! だから……。そんな哀しいことを言わないで!」


「ハルシエル嬢の言うとおりだよ、エキュー」


 俺の言葉にリオンハルトが同意する。


「きみがどれほどクレイユの心を癒やして支えてきたのか、わたし達が知っている。だからもっと、自信を持ってくれていい」


「リオンハルト先輩……」


 包み込むようなリオンハルトの笑みに、エキューが安堵したように表情を緩める。

 大きな手でよしよしとエキューの頭を撫でたのはディオスだった。


「そうだぞ。クレイユのことだ。照れて素直に口には出さないだろうが、心の中ではいつだってエキューに感謝しているはずだぞ」


「そーそー。ひねくれてるクレイユだけど、ちょっとは可愛いところがあるのは、きっと素直なエキューの影響を受けてのコトだろーからね~♪ エキューがクレイユの親友で、ほんっとよかったよ♪」


 エキューを褒めているんだかクレイユをけなしているんだかわからないことを言ったのはヴェリアスだ。


「あれ……? その論法でいくと、クレイユ君がひねくれているのはヴェリアス先輩の影響ってコトになりません……?」


 ふと浮かんだ疑問を口にすると、


「ひどっ! ハルちゃんひどくないっ!? 」

 と、ヴェリアスが騒ぎ出した。


「オレのどこがひねくれてるっていうのさ!? こーんなに素直にハルちゃんに想いを伝えてるのにっ!」


「あー、はいはい。そうですね、クレイユ君はヴェリアス先輩の影響は受けてないですね。クレイユ君、冗談なんて言いませんし」


「ハルちゃんっ!? あんまりヒドいとオレ泣いちゃうよ!?」


 ぎゃーぎゃーとうるさいヴェリアスは無視してエキューに向き直る。


「リオンハルト先輩やディオス先輩だって、こう言ってくれてるじゃない。エキュー君は、もっと自信を持っていいと思うわ!」


 いやほんとマジで! クレイユとエキューが仲睦まじいと、それだけで腐女子大魔王な姉貴とシノさんも機嫌がいいし! これからも、俺の防御壁として、心の底から頼むっ!


「ハルシエルちゃん……っ! うんっ、ありがとう!」


 俺の願いが届いたのか、エキューが愛らしい面輪を輝かせる。


「ずっと、シャルディンが気にしていたけれど……。クレイユ君は、素敵なお友達に恵まれているのね……。本当に、よかった……」


 俺達を見つめながらしみじみと呟いたのはアリーシャさんだ。今はもう涙を流してはいないが、声はまだ潤んでいる。


「アリーシャさん……」


 エキューの手を外し、振り返った俺にアリーシャさんが微笑みかける。


「でも、一番お礼を言わないといけないのはハルシエルちゃんね。……シャルディンとクレイユ君を和解させてくれて、本当にありがとう」


 深々と頭を下げられ、大いにあわてる。


「ア、アリーシャさん!? そんな……っ! 顔を上げてくださいっ! 私なんて、別に何も……っ!?」


 おろおろと告げた拍子に、ようやく気づく。


「そういえば……。さっき、ヴェリアス先輩と会った時に、『クレイユのことを頼むよ』って言われましたけど……。もしかして、先輩方はクレイユ君の事情を、知っていたんですか……?」


 リオンハルト達を見回すと、三人がそろって気まずそうな顔になった。代表して口を開いたのはリオンハルトだ。


「公爵位を返上したカルミエ氏のことは、貴族の間では有名だからね。わたしやディオス達は、クレイユが傷ついたという集まりには出席していなかったから、その場を見たわけではないのだけれど……」


「もし俺達がその場にいたら、そんな暴挙は絶対に許していなかったんだがな……っ」


 ディオスが己の無力を嘆くように拳を握りしめる。リオンハルトが端整な面輪をしかめて、嘆息した。


「あの当時のクレイユは、周りに心を閉ざしていてね……。幼なじみのエキューしか、近くにいられなかったんだ。エキューのおかげで人前に出られるようになった時には、カルミエ氏のことを口に出せる雰囲気ではなくなっていて……」


 ヴェリアスが遠い目をして苦笑いをこぼす。


「オレが貴族の集まりに出るようになった頃に一度やりあったことがあるけど、あの時のクレイユはすさまじかったなぁ……。いやまあ、事情を知らずに不用意につついたオレも悪かったんだけど」


「ヴェリアス先輩って、余計なことを言って、相手を怒らすの得意そうですもんね……。デリカシーが足りないっていうか」


「ちょっ!? ハルちゃんのオレへの評価、ヒドくないっ!? あの当時はオレもその……っ! いや、まあ今はそれはおいといて……」


 何やら言い淀んだヴェリアスが、話を元に戻す。


「とにかく! クレイユにとって大きな心の傷だったシャルディン氏のことは、オレ達にとってもずっと心の奥に刺さってたとげだったワケ! 気になっていたものの、不用意にふれるワケにはいかなくってさぁ。このまま、何もできないまま時間だけが過ぎていくのかなって思ってたところに……」


 ぶくくっ、とヴェリアスがこらえきれないように笑う。


「突然、ハルちゃんがシャルディン氏を連れてくるんだもん! しかも、どんな魔法をつかったのか、あんなにかたくなだったクレイユの心を融かして、シャルディン氏と和解させちゃうなんてさ! もう、奇跡だよねっ!」


「えっ!? いえ……。私は何も……っ!」


 手放しで褒められて戸惑う。だってほんと、クレイユに怒ってただけだし……。


「私は何もしていないですよ。きっと、たまたまタイミングがよかったんだと思います。クレイユ君もシャルディンさんも、お互いにずっと和解したいと思っていて……。私はたまたま、その場に居合わせただけにすぎません」


 俺の言葉にリオンハルトが笑みをこぼす。


「偶然、居合わせただけで、あのクレイユの気持ちを変えられるとは思わないけどね。謙虚なのはハルシエル嬢の美点だね」


「ハルシエルちゃん! 私からもお礼を言わせて!」


 がしっ、と俺の手を握ったのはアリーシャさんだ。


「あの人、公爵家を出たことに後悔はないって言っていたけれど、クレイユ君のことはずっと気にしていて……。でも、公爵家を捨てた自分はクレイユ君に会う資格なんてないって、諦めていたの。なのに、こんな日が来るなんて……っ! ハルシエルちゃん、本当にありがとう……っ!」


 俺の手をぎゅっと握るアリーシャさんの目はふたたび潤んでいる。


 美人なアリーシャさんに目の前に迫られると、そんな場合じゃないとわかっていても、どきどきしてしまう。


「ほ、ほんとに私は別に……っ! ただ、クレイユ君を放っておけなくて……っ!」

「それでも、お礼を言わせて。本当に、ありがとう」


 心に迫るアリーシャさんの声音に、俺の胸までじんと熱くなって、もらい泣きしてしまいそうになる。


 と、不意に背後の生徒会室のドアがかすかに鳴った。連れ立って廊下に出てきたのは、クレイユとシャルディンさんだ。


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