350 こんな風に話せる日がくるなんて、夢にも思わなかったよ


「クレイユの背中を押してもらうためにハルちゃんを焚きつけたケド、それ以上のことは許してないぜ~?」


 ヴェリアスの紅い瞳が挑発的にクレイユを見据える。


「そもそも、ハルちゃんにクレイユが生徒会室にいるだろうって教えてあげたのはオレなんだから♪ お礼を言うなら、オレにも言ってもらわないと♪」


 恩着せがましいヴェリアスの物言いに、クレイユが不快げに眉をひそめる。


 俺は肩に置かれた手をはたき落としながら、あわててヴェリアスを振り向いた。


「ちょっと、ヴェリアス先輩! せっかくクレイユ君とシャルディンさんが仲直りして素敵な雰囲気なのに、空気をぶち壊さないでくださいよっ! 私も先輩もお邪魔虫なんですから、下がってましょう!」


 クレイユと妙な雰囲気になったのを邪魔してくれたのはありがたいけど、いつまでも肩を掴んでるんじゃねぇっ!


「シャルディンさんも、本当によかったですね!」


 動こうとしないヴェリアスを押しやりながらシャルディンさんに笑顔を向けると、柔らかな微笑みが返ってきた。


「ああ。こんな風にクレイユと話せる日がくるなんて、夢にも思わなかったよ。ハルシエルちゃんのおかげだ。本当に、ありがとう」


 深々と頭を下げられ、大いにあわてる。


「いえいえいえっ! 私なんて……っ! シャルディンさんが素敵な脚本を書いてくださったおかげですよ! お願いですから頭を上げてくださいっ!」


 ぶんぶんとかぶりを振って告げると、ヴェリアスが「そういえば……」と呟いた。


「カルミエ氏が今回、脚本を引き受けてくれたのは、こうなることを狙ってのことですか? というか、いったいハルちゃんとどこで出会ったんです?」


 シャルディンさんを見やったヴェリアスの視線は妙に鋭い。


 いや、俺としてはヴェリアスもちゃんとした言葉遣いができたことのほうが驚きだけど! いちおう年上への礼儀は身につけてたんだな……。


 ヴェリアスの視線を受け流すかのように、シャルディンさんが穏やかな笑みを浮かべる。


「正直、こんな素晴らしい結果になるとは予想もしていなかったよ。ハルシエルちゃんとは共通の知り合いがいて、たまたま顔を見知って立ち話をする仲でね。ハルシエルちゃんが生徒会に入っていることや、わたしが聖エトワール学園の卒業生だということは以前に話していたんだよ」


 共通の知り合いというのは、アルバイト先のパン屋『コロンヌ』の店主、ブランさんのことだろう。


 エキューとクレイユにはアルバイトをしているのがバレてしまっているけれど、それとなくぼかしてくれたのはありがたい。


 柔らかな微笑みを浮かべたまま、シャルディンさんが言を次ぐ。


「ハルシエルちゃんから文化祭の劇の脚本の相談を受けた時、クレイユのことが頭をよぎったのは確かだよ。何もしてやれない代わりに、せめて脚本くらい助けになりたいと……。そう思ったんだ。何より、脚本を書くためにハルシエルちゃんが聞かせてくれたクレイユの学生生活の話は、わたしにとって、宝物に他ならなかったからね」


「ハルシエル嬢……。いったい伯父上に、わたしのどんな話をしてたんだ……?」


 クレイユに胡乱うろんな視線を向けられ、急いで説明する。


「えっ!? 別に変なことは話してないわよ!? すごく成績がよくて、定期テストのたびに私と首席争いをしてるとか、エキューとすっごく仲がよくていつも一緒にいることが多いとか、生徒会の仕事も真面目に取り組んでるとか。あ、でも、いつもは冷静な割に自分ひとりで仕事を抱えて容量オーバーになっちゃうところがあるとか……」


「最後のは話さなくてもいいだろう!?」


 クレイユが睨んでくるが、恥ずかしそうに頬を染めているので、怖くも何ともない。っていうか、いつもクールなクレイユでも、こんな表情をするんだな……。まるで、親に悪戯を見つかった子どもみたいて、少し可愛いと思ってしまう。


 シャルディンさんが微笑ましいものを見るようなまなざしを俺とクレイユに向けた。


「ハルシエルちゃんが話してくれるクレイユは、まるでクレイユの姿が目に浮かぶかのようにいきいきしていてね。いつも聞くのが楽しみだったんだ。……ずっと、想像していたんだよ。会えなかった間もずっと。クレイユはどんな風に成長しているんだろう、日々どんな風にすごしているんだろうと……」


 遠いまなざしで告げたシャルディンさんが、包み込むような笑みをクレイユに向ける。


「でも、ハルシエルちゃんから聞くクレイユの話は、わたしの想像以上だったよ。そして、こうして会えて確信した。わたしのせいで、苦労をかけてしまったというのに……。立派で素晴らしい青年に、成長したね」


「シャルディン伯父さん……っ!」


 瞠られたクレイユの蒼い目が潤みを帯びる。


 だが、涙がこぼれるより早く、一歩踏み出したシャルディンさんがそっとクレイユを抱きしめた。


 ぎゅっ、と縋るようにシャルディンさんの服を掴んだクレイユが、シャルディンさんの肩に額をおしつけたので顔が見えなくなる。けれど、制服に包まれたクレイユ肩がかすかに震えているのはわかった。


「あの、先輩方……」


 感化されたのか、ぐすっ、と赤くなった鼻を鳴らしたエキューが、リオンハルト達を振り返って小声で促す。


 無言で頷いたリオンハルト達が、足音をひそめてそっと生徒会室を出る。もちろん、俺やアリーシャさんも一緒だ。


 十年以上の時を超えて、ようやくお互いの気持ちを伝えて和解できたんだ。きっと、話し尽くせないほど言いたいことがあるだろう。さすがに、そんな場に留まるほど無粋じゃない。ヴェリアスもクレイユをからかうことなくおとなしくついてきた。


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