343 でも、教えられないな〜♪


 ったく、クレイユってばどこに行ったんだよ……っ!


 駆け出したのはいいものの、俺は少し進んだところで早くも立ち止まって辺りを見回した。


 すぐに追いかけたけど、広い学園内は当然一本道じゃない。しかも、周りには同じ制服を着た生徒達が大勢いる。


 クレイユを見失い、通路と通路が交差するちょっとした広場で俺は足を止めた。


 くそ〜っ! どっちに行ったのかさっぱりわかんねぇ……っ! こんな時、親友のエキューならクレイユが行きそうな場所に心当たりがあるかもしれないけど……っ!


 だが、ここにエキューはいない。困って人混みを見回したところで。


「あれ、ハルちゃん? どーしたのさ、切羽詰まった顔で。もしかして、オレに会いたくて探しにきてくれたってワケ?」


 人混みの向こうから、ヴェリアスの声が聞こえてきた。


 同時に、「ちょっとごめんね〜」と人垣を割って、ギャルソン姿のヴェリアスがこちらへ向かってくる。相変わらず、小憎らしいくらいにギャルソン姿が決まっている。


「ヴェリアス先輩……。どうしてここに……?」


 てっきり、食堂でいるものだと思っていた俺は驚いて思わず呟く。と、ヴェリアスが困ったように苦笑した。


「いや〜っ、リオンハルトとディオスとオレが一か所に固まってたら、食堂前の混雑がものっすごいことになっちゃってさぁ〜♪ で、とりあえず混雑緩和のためにバラけようって話になって、それぞれ違うところで宣伝してるワケ♪」


 なるほど。確かにヴェリアスの後ろの人垣から、ものすごい熱視線を感じる。


 あの視線の圧を受けて平然としてるヴェリアスって、ふだんから目立つのに慣れてるんだなぁ……。って、感心してる場合じゃないっ!


「いやぁ~、ハルちゃんがわざわざオレに会いに来てくれるなんて、オレ感激しちゃうっ! やっぱりオレとハルちゃんは赤い糸で――」


「ヴェリアス先輩っ! 妄言はいいですからクレイユ君を見ませんでしたっ!? どこに行ったのか知りませんかっ!?」


 ワケのわからないことを言うヴェリアスの台詞をぶった切って問いかける。


「クレイユ?」


 いぶかしげに眉を寄せたヴェリアスが、俺の必死な様子に気づいたのだろう。すっ、と紅い目をすがめる。


「クレイユと何かあったワケ?」


「いえっ、私が何かあったわけじゃないんですけど……。その、クレイユ君がシャルディンさんを見た途端、血相を変えて駆け去っちゃって……。あ、えっとシャルディンさんっていうのは今回『白鳥の湖』の脚本を――」


「シャルディンさんって……。シャルディン・カルミエ氏?」


 わたわたと説明しようとすると、ヴェリアスに遮られた。


「ヴェリアス先輩、知ってるんですかっ!?」


 驚いて思わずすっとんきょうな声が出る。が、対するヴェリアスの答えは要領を得なかった。


「知ってるも何も……。そっか。……なるほどね」


 何やらひとりで納得したようにヴェリアスが頷く。


「二人は叔父さんと甥らしいんです! でもクレイユ君は逃げちゃうし、シャルディンさんはクレイユ君に会う資格なんてないって落ち込んじゃうし……っ! ヴェリアス先輩は二人の間の事情を知ってるんですかっ!?」


「知ってるケド……。でも、教えられないな〜♪」


「はいっ!?」


 ふざけた口調に、思わずヴェリアスの両腕を掴む。俺の手の中で白いシャツがくしゃりと歪んだ。


「こんな時にふざけないでくださいっ! クレイユ君のあんなに血の気が引いた顔なんて、初めて見ました! シャルディンさんだって打ち沈んでいて……っ! それを放っておいていいって言うんですか!?」


「違うってば。んも〜、ハルちゃんってばやっさし〜ねぇ♪」


 俺にシャツを掴まれたまま、ヴェリアスが右手で俺の頭をあやすように撫でる。


「オレが教えられないっていう理由は、イジワルしてるんじゃなくて、部外者のオレが勝手に教えるワケにはいかないからだよ。ハルちゃんだってあるだろ? 他人に勝手に明かされたら嫌なコト」


「それは……。ありますけど……」


 俺がイゼリア嬢を心の底からお慕いしてることとかっ! 伝えるなら、やっぱり自分の口からでないとなっ!


「だから、気になるならクレイユ本人から事情を聞きなよ。……ハルちゃんなら、きっとクレイユだって打ち明けられるだろうからさ♪」


「私なら……? っていうか、そもそもクレイユ君の行き先がわからなくて困ってるんですけど……っ!」


「え〜っ、クレイユが行きそうな場所なら、すぐに想像がつくじゃん!」


 ヴェリアスが呆れたようにぷっと吹き出す。


「慎重派なクレイユのことだから、逃げ込む先は自分のよく知ってる場所に決まってるって! 教室だともしかしたらクラスメイトが荷物を取りにくるかもしれないし、今なら確実に無人なのは……。って考えると、たぶん生徒会室にいるハズだぜ?」


 なるほど……っ! さすが俺よりクレイユとのつきあいが長いヴェリアス! 一理ある!


「わかりました! 生徒会室ですね!」


 シャツを掴んでいた手を放し、感心した声を上げる。と、ヴェリアスがにかっと唇を吊り上げた。


「うん。オレがいま一緒に行くと、ついてくる生徒達が出て、かえってややこしーことになりかねないからさ♪ ここはひとまずハルちゃんに任せるよ♪」


「えっ!? 私に任されても困りますっ!」


 思わず反射的に言い返すと、ぶはっとヴェリアスに吹き出された。


「ちょっ、ハルちゃん!? そこは『任せてください!』って力強く請け負ってくれるトコじゃないの!?」


「勝手にそんな期待をされても困りますっ!」


 そもそも俺はっ! イケメンどもとフラグを立てる気なんざこれっぽちもねぇからっ!

 任すんならエキューにしてくれっ!


「いやもぉ、ハルちゃんってばサイコー!」


 ぶっはっは! と笑ったヴェリアスが指先でまなじりに浮かんだ涙をぬぐう。


「そんなハルちゃんだからこそ、くっだらないこだわりなんか吹っ飛ばしてくれるのかもね♪」


「……はい?」


 いったいヴェリアスが何を言いたいのかわからない。


 胡乱うろんな声で応じると、もう一度ヴェリアスに吹き出された。


「まっ、オレが勝手に期待してるってコトで♪ さっ、ほらクレイユを追いかけるんだろ?」


 俺の肩を掴んだヴェリアスが、くるりと俺の身体を方向転換させる。と、不意に身を寄せたヴェリアスから、スパイシーなコロンの香りが揺蕩たゆたった。


「ハルちゃん。……どうか、クレイユのこと頼むよ」


 耳元で囁かれた、いつものヴェリアスとは別人みたいな祈るように真摯しんしな声。


「っ!?」


 驚いて振り向くと、紅い瞳がすぐそばで俺を真っ直ぐに見つめていた。


「とゆーワケで、よっろしく~♪」


 一瞬、さっきのが幻聴だったんじゃないかと思うような軽薄な口調。

 けれど、俺の耳の奥でこだまする声は、幻とは思えなくて。


「……シャルディンさんには脚本でお世話になった分、恩返ししないといけないので尽力しますけど……っ! クレイユ君はついでですからっ!」


 ふいっ、と前を向いてぶっきらぼうに告げた俺は、ヴェリアスの言葉も待たずに駆け出した。


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