339 ギャルソン姿はいったい誰の発案なんですか!?


「リオンハルト様、企画のことについて、お教えくださいますか?」


 おいしいランチを食べられる幸福に浸りながら、もぎゅもぎゅと食べていた俺は、イゼリア嬢の声にはっと我に返る。


 やべぇ……っ! おいしさのあまり、心ここにあらずだったぜ……っ!


 イゼリア嬢が一緒のテーブルにいらっしゃるというのに、申し訳ありません……っ!


 心の中で陳謝しながら視線を向けた先では、イゼリア嬢がにこやかな笑みを浮かべて、隣に座るリオンハルトを見上げていた。


 きゃ――っ! イゼリア嬢のきらきらした笑顔がまぶしいです~っ! そんなに来年の文化祭が楽しみなんですねっ! 来年こそは俺も一緒のクラスでイゼリア嬢と一緒にあれこれ企画を考えたいです~っ!


「もちろんかまわないよ。ちなみに、イゼリア嬢は特にどの部分が聞きたいとか、リクエストはあるのかな?」


 ナイフとフォークを皿に置いたリオンハルトが上品な笑みを浮かべて問い返す。


「そうですわね……。いろんなことをおうかがいしたいですが、まずはメニューをどうやって決められたのかうかがいたいですわ! 秋らしい食材をふんだんに使ったお料理はとっても素晴らしいですもの! ワンプレートにまとめるというアイデアも、どうやって思いつかれましたの? さすがリオンハルト様ですわ!」


 イゼリア嬢の賞賛の言葉に俺もすかさず乗っかる。イケメンどもを褒めるのはしゃくだけど、この料理は文句なしにおいしいもんなっ!


「そうですねっ! 本当においしいですっ! こんなにおいしい料理を味わったのは久しぶりです!」


「そんな風に手放しで賞賛されると照れてしまうね」


 あくまでも上品さを崩さずに、リオンハルトが照れたように笑みを深める。ぶわっとリオンハルトのバックで薔薇の花の幻影が見えた。同時に、周りのテーブルから抑えきれない感嘆の吐息がこぼれる。


 おいっ、リオンハルト! ちょっとは押さえろ――っ! このままじゃ周りのテーブルで失神者が続出するぞ!


 超レアなギャルソン姿での照れ隠しの微笑みだなんて、刺激が強すぎるんだからっ!


 いやっ、イゼリア嬢の頬を染めたのはグッジョブだけどっ! うっすらと頬を染められたイゼリア嬢なんて、可憐すぎます~っ!


「けれど、メニューについてはわたしが主導で決めたわけじゃないんだ。クラスで話し合いはして、方向性は決めたけれど、中心となって取り組んでくれたのは、ディオスとヴェリアスの二人だね」


 リオンハルトが微笑んでテーブルの向かいのこちらを見やる。注目を浴びたディオスが、穏やかに口を開いた。


「いや、俺はたいしたことはしていない。秋らしい食材をふんだんに使おうというのはクラスの総意だったし、メインを魚にするか肉にするか迷った程度だし……」


「ディオスはとにかくステーキを! って主張してたよね~♪ それってやっぱり――」


 きしし、とヴェリアスが悪戯っぽい笑みで暴露する。精悍せいかんな面輪を朱に染めたディオスが遮るように声を上げた。


「そ、それは、大勢にふるまうのなら、肉が無難だろうと……っ! 客の大半は学園の生徒なんだから、ボリュームがあったほうがいいだろう!?」


「ま、そういうことにしておこっか~♪」


「ワンプレートにしようというアイデアはどなたが思いつかれましたの?」


 イゼリア嬢の質問に、ヴェリアスが「はいは~い♪」と挙手する。


「オレだよ、オレ♪ ハルちゃんなら、どうしてワンプレートにしたのかわかるよねっ?」


「えっ!?」


 急に話を振られて、すっとんきょうな声を上げる。テーブルの面々の視線が集中して、俺は戸惑いながら口を開いた。


「どうして、って……。回転率を上げるためじゃないんですか? コースを一皿一皿給仕していたら、一組で長時間テーブルを占領しちゃいますから……。その点、ワンプレートで先にデザート以外全部出しちゃえば、かなり時間短縮になりますよね? 人手も少なくて回せますし……」


 思いつくままに答えると、なぜかクレイユやエキューが目を見開いた。


「なるほど……っ! そういう意図が……」


「すごいね、ハルちゃん! ヴェリアス先輩の質問にすらすら答えられるなんて! 僕、ぜんぜん思い浮かばなかったよ!」


 えっ!? クレイユもエキューもわからなかったのかよ!? っていうかアレか! セレブだから回転率なんて考えたこともなかったのか!?


 いやまあ俺は前世でもラーメン屋でバイトしたり、いまも『コロンヌ』でバイトしてるからなぁ……。


「さすがだね、ハルシエル嬢」


 リオンハルトも笑顔で賞賛してくれるけど、いや、単に住んでる世界が違うだけだから……。


「さすが庶民のオルレーヌさんね! いかに少ないコストで済ませるか考えるなんて、わたくしでは思いつかない発想ですわ!」


「はいっ! そのとおりなんです! イゼリア嬢にお褒めいただくなんて……っ! 嬉しいです!」


 きゃ~っ! わたくしでは思いつかない発想って、イゼリア嬢に褒められちゃったぜ~っ!


「そういえば、私もうかがいたいことがあるんですけれど、いいですか!?」


 尋ねるのならいまがチャンスだと身を乗り出す。


「うん? ハルシエル嬢の質問は何かな?」


 甘やかな笑みを浮かべたリオンハルトに、俺はずっと気になっていたことを尋ねる。


「あのっ、ギャルソン姿で出迎えてくださったのは、どなたの発案なんですか!? すっごく驚きましたけど……。とっても素敵なアイデアだと思いますっ!」


 ぐっと拳を握りしめ、身を乗り出して告げると、リオンハルトが華やかに微笑んだ。


「素敵だと褒めてもらえるなんて嬉しいね。ただ、誰の発案かと問われると……」


 と、リオンハルトが珍しく口ごもりながらディオスとヴェリアスに視線を向ける。視線を受けたディオスが口を開いた。


「もともと、昼食にはハルシエル達生徒会のメンバーを、食堂に招きたいというのは、三人の一致した意見だったんだ。せっかくの機会だから、俺達自身でもてなしたくてね」


「ん~。ギャルソン姿での出迎えに関して言うなら、発案者はオレかな? だってほら、いつもの制服で出迎えてもつまんないじゃん! せっかくの文化祭なんだし、いつもと違う格好で出迎えたほうが盛り上がるかな~って思ってさ~♪ なになに? オレ達の魅力にやられちゃった? MVPのオレを讃えてくれていいんだぜ~♪」


 ぱちん、とヴェリアスがウィンクをよこしてくる。


「ええっ! 今回ばかりはヴェリアスの発案を全力でたたえたいですっ! 素晴らしいアイデアですねっ! さすがヴェリアス先輩ですっ! 思わず尊敬しちゃいましたっ!」


 力強く頷くと、まさか俺に全肯定されるとは思っていなかったのだろう。ヴェリアスが驚愕に紅い瞳をこぼれんばかりに見開いた。


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