338 まずはせっかくの食事を楽しんでほしいな
「まあっ! なんて素敵なランチなのでしょう! ワンプレートというのも新鮮ですわ!」
テーブルの向かい側に座るイゼリア嬢が、華やかな声を上げる。
きゃ――っ! 喜んでらっしゃるお姿も素敵ですっ! 愛らしすぎます~っ!
「確か、二年生ではお店の企画をしてコンセプトを決めたりシェフや設営の手配をなさるだけでなく、メニューなども決められるのでしょう? 来年のために、ぜひともリオンハルト様からお話をうかがいたいですわっ!」
笑顔を浮かべたイゼリア嬢が、愛らしく小首をかしげてリオンハルトに話しかける。
「確かに、それは聞いておきたいですね」
「でも、せっかくのお料理なんだから冷めちゃったら哀しいよ! 食事を楽しみながら教えてもらうのはどうかな?」
若干前のめりになって興味を示したクレイユを止めるように、エキューが声を上げる。リオンハルトが上品に微笑んだ。
「確かに、エキューの言うとおりだね。わたしやディオスやヴェリアスも、まずはせっかくの食事を楽しんでほしいな」
「リオンハルトもこう言っているし、まずは食事を楽しまないか?」
ディオスの言葉に他の面々も頷き、「いただきます」とそれぞれフォークとナイフを手に取る。
う〜っ、どこから食べ始めようかなぁ〜! どれもおいしそうで迷っちゃうぜ……っ!
豪華な食事を前に悩んでいると、隣に座るディオスに声をかけられた。
「どうかしたのか? もしかして、苦手な食材が……?」
「えっ!? いえ、違いますよ! どれもとってもおいしそうなので、どれから食べようかと悩んじゃって……っ」
あわあわと答えると、ディオスがほっとしたように笑みを浮かべた。
「よかった。夏休みのごほうびデートの時に、お肉をリクエストしていただろう? 今回のランチでもメインはステーキにしたから、きみの好みに合うんじゃないかと思うんだが……」
「へぇ~っ、ディオスってば、『ムル・ア・プロシュール』のケーキだけじゃなくてステーキにもこだわっていたと思ったら、ひとりでハルちゃんのポイントを稼ぐ気だったワケ? ずっるいなぁ〜」
照れたように告げたディオスの言葉に、ヴェリアスが即座にツッコむ。ディオスがあわてたように声を上げた。
「べ、別にそういうわけでは……っ! 広く一般に好まれるメニューにしようという案に賛成したのはお前もだろう!?」
「いやでも、その時はディオスの
にしし、と悪戯っぽい笑みを浮かべたヴェリアスが、不意に俺に身を寄せてくる。
「ちなみにさ、ハルちゃんが感心してくれてるその盛りつけ、俺がシェフと一緒に案を練ったんだぜ〜♪」
「えっ!?」
ヴェリアスの発言に、驚いてまじまじとお皿を見下ろす。
おいしいものっていうのはそれだけでも十分においしい。でも、美しく整えられたテーブルで綺麗に盛りつけられてると、視覚情報からのおいしさが倍増する気がするけど……。
いやっ、俺にとってはイゼリア嬢と一緒のテーブルでいただくごはんが一番おいしいけどなっ!
イゼリア嬢と同じ料理を食べられるなんて、神々が食べるアンブロシアに等しいぜ……っ!
でもまさか、この盛りつけにヴェリアスがアイデアを出してたなんて……。驚きだ。
まあ、ヴェリアスって何気にセンスがいいもんな……。夏の旅行の時に服を買いに行ったときだって、俺のセンスじゃ思い浮かばないオシャレな組み合わせを見つけてくれたし……。
感心しながらなおも料理を見ていると、ヴェリアスが嬉しそうに笑みを刻む。
「いや~っ、オレがアイデアを出した盛りつけをこんなに気に入ってくれるなんて……っ! オレとハルちゃんは相性バッチリってコトだねっ♪」
「何を寝ぼけたことを言ってるんですか!? 盛りつけで相性がわかるわけないでしょう! 私はただ、おいしそうだと思っただけです!」
誰がヴェリアスと相性バッチリだよっ!? 妄言も極まりないぞ!
「それに、その理屈だったら、ヴェリアス先輩とエキューも相性バッチリですね!」
俺の視線の先では、エキューも同じように「どれから食べようかなぁ〜!」と迷っている。
「エキューとヴェリアスが相性バッチリ!?」
と別のところで反応しているのは姉貴だ。
おい待て! 脳内でどんな腐妄想をしてやがるっ!? エキューが知ったら泣くぞっ!?
これ以上、ヴェリアスにからかわれてはたまらない。とにかくさっさと食べ始めるに限る、と俺は引き寄せられるようにメインのステーキにナイフとフォークを伸ばす。
やっぱり肉っ! 肉だよなっ! オルレーヌ家だと、こんな分厚いお肉なんてまず出てこないしっ! 冷める前に食べるに限るっ!
ナイフ越しに感じる肉の厚みに内心で「ふぉぉっ!」とわくわくしながら切り分け、口に運び――。
「っ!? おいしい……っ!」
ひとくち食べた瞬間、思わず感嘆の声が飛び出す。
口いっぱいに広がるお肉の旨味とそれを引き立てるソースの深い味わい。
たぶん赤ワインが使われているんだろう。アルコール分は飛ばされているが、深みのある
ああっ、イゼリア嬢がいらっしゃるテーブルだけじゃなくて、口の中まで天国……っ! 幸せすぎる~っ!
この分厚い肉をもぎゅもぎゅ噛みしめる幸福感っ! 噛むたびに口の中に広がるおいしさっ!
はぁ~っ! やっぱり男子高校生にとって至高の食べ物は肉だよなっ、肉っ!
ここで品のないところを見せて、呆れられるワケにはいかないもんなっ!
と、すぐ隣から、小さく吹き出す声が聞こえてきた。
ちらりと目をやると、ディオスがうつむき、広い肩を震わせている。
「ど、どうしたんですか!? 私、マナー違反でも……っ!?」
や、やべぇ……っ! 抑えてたつもりだけどステーキのおいしさに我を忘れて、淑女にあるまじきふるまいでもしちゃってたか!?
びくびくしながら尋ねると、「いや」とディオスがゆったりとかぶりを振った。
「すまない。俺こそ失礼した。その、きみがあまりに嬉しそうに食べているものだから、見ているだけで嬉しくなってしまって……っ」
こちらを振り向いたディオスが、包み込むような笑みを浮かべる。
「きみにそんなに喜んでもらえて、嬉しいよ」
「っ!?」
甘やかな笑顔にぱくりと心臓が跳ねる。
「そ、そそそそのっ、こんなおいしいお肉なんて滅多に食べられないので……っ!」
返す声が無意識にうわずってしまう。
いやっ、これはステーキのおいしさに感動してるのを指摘されて恥ずかしくなっただけだからっ! べ、別にディオスの笑顔にときめいたわけじゃ……っ!
「ハルちゃん、こっちのきのこのソテーも食べてみなよ~♪」
「へっ? あ、はいっ」
不意に左隣のヴェリアスからも声をかけられ、反射的にきのこのソテーにフォークを伸ばす。
「っ!? こっちもおいしいです……っ!」
ブラウンマッシュルームだろう。大きめに切られたきのこを口に入れた途端、バターの芳醇な香りと、きのこ独特の香気が口の中いっぱいに広がる。
ステーキの味わいにも負けないほどの味の濃さと風味だ。肉厚なマッシュルームは、噛むたびにバターときのこの風味が
シンプルなだけに素材の質のよさが嫌でも引き立つ。
付け合わせのソテーだけでもこんなにおいしいなんて……っ! さすが一流レストランのシェフが手がけたランチ! 侮れねぇ……っ!
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