336 食堂で出迎えてくれたのは……っ!?


 二年一組が企画したレストランがある場所は、本校舎の食堂だった。


 まあ、考えれば当然のことだよな。シェフを呼んで調理してもらうのなら、ふだんから大勢へ料理を提供している食堂を使うのが調理器具などの関係上、一番妥当だ。


 っていうか、そもそも日頃からここの食堂では、とんでもなく豪華な料理が提供されてるし! 貧乏貴族の俺は、いつもマーサさんの手作り弁当を持参してるから、利用したことはほぼないけど!


 だが、さすが文化祭というべきか。


 ふだんから華やかな印象の食堂だが、今はいつもが地味だと思えるほど、すべてが華やかに装飾されている。


 美しく花が飾られたテーブルに、リボンと花で飾られた椅子、ぴかぴかに磨かれたカトラリー。


 光沢のあるテーブルクロスは、庶民の俺からすると、こんな上等な布を汚れるかもしれないテーブルクロスにしちゃダメだろ! と、心の底からツッコみたい。


 食堂に近づくにつれ、優雅な調べが聞こえてくるなと思ったら、なんと食堂の片隅に十人ほどの管弦楽団が控えて演奏していた。


 生演奏を聴きながら食事をするって、ここはいったいどんな高級レストランなんだよっ! さすが、セレブ校、金のかけ方がケタ違いだぜ……っ!


 お昼前という時間帯だからか、そろそろ食堂は混みつつある。


「リオンハルト様達は、準備があるとおっしゃっていたけれど……。どうなさったのかしら……?」


 どうやらイゼリア嬢は俺と一緒で何も聞いていないらしい。

 細い指先でなめらかな頬にふれ、イゼリア嬢が小首をかしげる。


 きゃ――っ! そんな仕草も超お可愛らしいですっ!


 いやっ、リオンハルト達なんて来なくていいんでっ! いっそのこと、クレイユとエキュー、もちろん姉貴とシノさんも放っておいて、俺と二人っきりで素敵なランチタイムを――。


 俺がイゼリア嬢をお誘いしようとした瞬間、ふいに食堂の片隅がざわめいた。

 かと思うと、黄色い悲鳴が楽団の演奏をかき消す。


 いったい何事かと振り返った俺の目が捉えたものは。


 カフェでよく見るギャルソンの格好をしたリオンハルトとディオス、ヴェリアスの三人だった。


 清潔感のある真っ白なシャツに黒いベスト。首元には光沢のある布地の黒い蝶ネクタイ。腰に巻いているのは丈の長い黒いエプロンだ。


 服装だけなら、その辺のカフェで見かけるギャルソンとなんら変わらない。けど。


 目をみはって三人を見つめる俺の耳に、周りのお客さん達の興奮した囁きが聞こえてくる。


「ま、まさか……っ! リオンハルト様達がギャルソンの格好で給仕をしてくださるなんて……っ!」


「信じられませんわ! わたくし、夢でも見ているのかしら……っ!」


「御三方とも、なんて素敵ですの……っ! まるで後光が差しているかのよう……っ! あっ、わたくしまばゆすぎてめまいが……っ!」


「しっかりなさって! 今ここで気絶しては一生後悔しましてよっ! こんな機会、二度とございませんものっ! しっかり目に焼きつけなくてはっ!」


 うんっ、わかるっ! その気持ちは俺もめちゃくちゃ共感できるっ! 俺だって、イゼリア嬢のレアなお姿を見たら、何をおいても脳内メモリに焼きつけたいもんなっ!


 いやでも待って!? なんでリオンハルト達がギャルソン姿をしてるんだよっ!?


 確かに、生徒の中にはウェイターやウェイトレスに扮して接客をする者もいるって聞いてたけど……。


 一部の物好きな生徒だけだと思ってたんだが!?


 おふざけが好きなヴェリアスはともなく、真面目なリオンハルトやディオスは絶対しないと思ってたんだけど……。


 え? これ幻? いやでも隣のイゼリア嬢もアイスブルーの目を瞠ってらっしゃるし……っ! わかった! 集団幻覚とかそういうヤツ!?


 俺とイゼリア嬢が固まっている間に、いまや食堂中の人間の視線をすべて集めた三人が、優雅な足取りでこちらへ歩み寄ってくる。


 気品漂う姿は、どう考えても、ギャルソンという裏方じゃなくて、リオンハルト達三人がこの場の主役にしか見えない。


 颯爽さっそうと俺達の前まで来たリオンハルト達が優雅に一礼して恭しく片手を差し伸べる。


 イゼリア嬢にはリオンハルトが、ディオスが俺に、ヴェリアスが姉貴にという組み合わせだ。人数が足りないのでクレイユとエキューはエスコートなしらしい。


「いらっしゃいませ、イゼリア嬢。お手をどうぞ。お席まで案内いたします」


 リオンハルトの微笑みにイゼリア嬢の頬が薄紅色に色づき、ぱぁっと輝く。


「リオンハルト様にご案内いただけるなんて、光栄極まりないですわ!」


 きゃ〜っ! 喜びにあふれたイゼリア嬢のお顔が麗しすぎます……っ!


 リオンハルトめっ! 合法的にイゼリア嬢と手をつなげるなんて、なんと羨ましい……っ!


 そこを代われっ! いや、代わってくださいっ!


「ハルシエル? どうかしたのか?」


 イゼリア嬢に見惚れていると、俺の前に立ったディオスに優しく手を握られた。


「あっ、いえ……っ。えーと、どうやって誰が誰をエスコートするのか決めたのかなぁって思いまして……」


「ああ、くじ引きで決めたんだ。ヴェリアスが結果に文句を言ってはいたが……」


 素朴な疑問を口にすると、ディオスがにっこりと微笑んで答えてくれる。


 なるほど。だからヴェリアスは微妙に仏頂面なのか……。


 まぁ、いくらイケオジとはいえ、男性をエスコートするのはあんまり楽しくないかもな……。


 だからディオスはこんなに嬉しそうで、くじに外れたヴェリアスはつまらなさそうな顔をしてるのか。


 まあ俺も、トラブルメーカーのヴェリアスより、誠実なディオスのほうが安心だけど!


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