335 さあイゼリア嬢っ! 俺達も篤い友情を……っ!


「ほんっとうに素晴らしいねっ!」


 感極まった声を上げたのは、シノさんと最後尾を歩いていた姉貴だ。


 感動にうち震えているみたいだけど……。


 おい待て! 姉貴のことだから、絶対に単に友情に感動してるだけじゃないだろっ!?


 シノさんもなんか恍惚こうこつとした顔になってるし!


「わたしもクレイユとエキューの言うとおりだと思うよ。聖エトワール学園は、貴族の子女が通う学校だが、どうして特待生制度があると思う?」


 うんうんと大きく頷いた姉貴が急に問いを繰り出す。


「未来のエリュシフェール国を担う優秀な人材を広く集めるためではございませんの?」


 姉貴の言葉に、おずおずと答えたのはイゼリア嬢だ。姉貴があっさりと頷いた。


「もちろん、そういった面もあるね。優秀な人材が、金銭的に余裕がないばかりに、才能を発揮できずに埋もれて行ってしまうのは社会の損失だ。そういった人物に奨学金を出し、才能を伸ばす機会を与えるのは、高位の者として、当然のことだからね。だが、聖エトワール学園が代々、特待生を受け入れている理由は、それだけではないんだ」


 熱のこもった声で滔々とうとうと語る姉貴が言を継ぐ。


「聖エトワール学園の生徒の大部分は貴族の子女だ。だが、この世は貴族だけが生きているわけじゃない。むしろ、貴族は少数派だ。だが、人は実際にふれあってみないと、なかなか己とは異なる立場の者のことを知ることができないからね。わたしは、将来、エリュシフェール国を担って立つ生徒達には、広い視野を持った大きな人物に成長してもらいたいんだ。そのためにも、来年、ロイウェル君が無事に入学したら、ぜひとも友情をはぐくんでもらえたらな、と思っているよ。むろん、人の心は他人がどうこうできるものじゃない。友情を結ぶことを強制したりはしないけれどね」


「理事長様……」


 にこり、と微笑んで言葉を切った姉貴に、イゼリア嬢だけでなく、クレイユやエキューまでもが感じ入った声を出す。


 俺も、三人と同じく感動の気持ちでいっぱいだった。


 ま、まさか姉貴がこんな強力なアシストをしてくれる日が来るなんて……っ!


 イゼリア嬢! 聞いてらっしゃいましたよねっ!


 今だけは姉貴の言葉に完全に同意ですっ! 俺はイゼリア嬢にとっては、取るに足らない庶民ですが、俺と友情を結ぶことで、イゼリア嬢も視野が広がるというメリットが……っ!


 さぁっ! 俺と一緒に新たな扉を開けて新境地に行きましょうっ!


「確かに、理事長様のおっしゃるとおりですわ」


 こくりと頷いて発されたイゼリア嬢の言葉に、歓喜の叫びがほとばしりそうになる。


 嬉しいですっ! ついにっ! ついにイゼリア嬢が俺と友情を結んでもいいと思ってくださる日が――っ!


「ロイウェルさんは姉と違って礼儀をわきまえたいい子のようですし、シャスティンの成長のためにも、交流の幅を広げるのはよいことかもしれませんわ」


 よぉ――しっ! ロイウェル! シャスティン君との友情の架け橋が結ばれそうだぞっ!


 ではイゼリア嬢! 弟たちが友人になるんですから、姉である俺達二人も、篤い友情を――、


「うむ。やはり、来年、ロイウェル君とはぜひとも友達になりたいものだな」


「そうだね、クレイユ! わぁっ、今から楽しみだなぁ~!」


 俺がイゼリア嬢に話しかけるより早く、クレイユとエキューが口を挟んでくる。


 お、おう。二人とも、さっきも言ってたもんな。クレイユとエキューが友達になってくれるなら、きっとロイウェルも喜ぶだろう。


 けど今、俺が話題にしたのはロイウェルとクレイユ達の友情じゃなくてだな。俺とイゼリア嬢の――。


「イゼリア嬢っ! あのでは……っ!」


 俺がイゼリア嬢へ差し伸べようとした指先を、なぜかクレイユが掴む。


「だが、ロイウェル君が入学してくるのは、来年度の話だ。それに、特待生というのなら、きみだってそうだろう? 先ほど理事長がおっしゃった理念を体現するのなら、まずはきみと、もっと仲を深めなくてはな」


 いつもとは別人みたいな甘い笑顔で、クレイユが身を寄せて微笑みかけてくる。


「っ!?」


 ぱくんっ、と心臓が高鳴った俺のもう片方の手を、ぎゅっとエキューが握りしめた。


「そうだねっ。僕ももっとハルシエルちゃんと仲良くなりたいな!」


 きらきらとまぶしいほどの笑顔を浮かべるエキューは、天使みたいに可愛いけど……。


 いやっ、違うっ! 違うからっ! 俺が友情を深めたいのは、イケメンどもじゃなくてイゼリア嬢となんだよっ! 邪魔しに来るんじゃねぇ――っ!


 おいっ! 姉貴もシノさんと一緒にめっちゃによによしながら眺めてるんじゃねぇよっ! 助けろ――っ!


 無駄と知りつつ心の中で思いっきり姉貴にツッコむ。


 く、くそうっ、腐女子大魔王め……っ! 姉貴にしてはめちゃくちゃ珍しく、まともなことを言うと思ってたら、さてはこれが目的だったな……っ!?


 そういや昔、


「やっぱり身分差を乗り越えて結ばれるシンデレラストーリーって、乙女の憧れよね~っ! 顔よし身分よしのイケメンが、身分差にあわあわしている庶民主人公を甘く溺愛して……っ! ああっ、いいわぁ~っ!」


 とか身悶みもだえしてたもんなっ!


 っていうか、姉貴の場合、自分がシンデレラストーリーのヒロインになりたいんじゃなくて、そういうシチュエーションの腐妄想に浸りたいだけだろっ!?


 それに俺を巻き込むんじゃねぇ――っ!


 っていうか、さっきロイウェルとシャスティンが友達になるように熱心に語っていたのも、もしや……っ!?


 俺を犠牲にするだけじゃ飽き足らず、ロイウェルとシャスティンまで腐妄想の犠牲にするつもりか――っ!


 さすがにそんな無体は、ロイウェルの家族として許せねぇ……っ!


 俺だけならまだしも、可愛いロイウェルまで、姉貴の腐妄想の犠牲にしてたまるかぁ――っ!


 と、心の中で息まくも、前世込みで生まれてこの方、一度も勝てたことのないこの姉貴の魔の手から、いったいどうやったらロイウェルを守れるのか……。


 まったく、全然、方法が思い浮かばない。


 くぅぅぅぅっ! 己の無力が情けない……っ!


 すまんっ! ロイウェル! どうか神様、この腐女子大魔王を成敗してくださいと、もう神頼みしかないのか……っ!


 思わず天に祈ろうとして、俺はクレイユとエキューがいまだに俺の手を握っているのに気づく。


 ええいっ! 放せっ! 俺は今、二人にかまってる暇はないんだよっ!


 ロイウェル……っ! 俺がイゼリア嬢に紹介しようとしたばかりに、マジですまん……っ!


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