334 友人として高め合うものは、名声や権威だけではないだろう?


 よーし! せっかくイゼリア嬢と一緒にいられるこのチャンスを逃すものか!


 俺はいそいそとイゼリア嬢の隣に並ぶと話しかける。


「私の家族は一年二組のホールで簡単にご紹介できましたけれど……。イゼリア嬢のご家族も今日はいらっしゃっているんですよね?」


「ええ。家族は家族で見学すると言ってましたから、今はどこにいるのかわかりませんけれど」


「そういえば、勝手に誘っちゃったけど、ハルシエルちゃんはご家族と一緒にお昼ごはんを食べる約束とかしてなかった? もししていたら一緒に……」


 先頭をクレイユと並んで歩いていたエキューが、俺を振り返って心配そうに聞いてくる。


「それは大丈夫! 特に約束はしてなかったから」


 叶うならロイウェルをイゼリア嬢にしっかり紹介しておきたいけど、イケメンどももそばにいたら、ロイウェルは緊張でガチガチになっちゃうだろうからなぁ……。それはさすがに気の毒だ。


 一緒に食事なんてことになったら、緊張で喉を通らないかもしれない。


 今日はせっかくごちそうがタダで食べられるんだから、心置きなくゆっくり楽しんでほしいもんな。


「そういえば、弟のロイウェル君だが、きみに似て利発そうな少年だったな」


 エキューに続き、クレイユもこちらを振り払って告げる。


「そうでしょう! ロイウェルはとってもいい子で自慢の弟なの!」


 いやほんと、ロイウェルって賢いし心根も清らかだし、さすが、ヒロインであるハルシエルの弟っていうか……。非の打ち所がない可愛い弟だ。


 そんなロイウェルを褒められるのは純粋に嬉しくて、思わず声が弾む。


「ハルシエルちゃんの弟なら、きっと合格間違いなしだね! 来年、生徒会も目指してくれるんなら、いっぱい一緒に活動するだろうし、楽しみだな~!」


 エキューがにこにこと笑顔を見せる。


 確かに、ロイウェルが来年、生徒会に入ってくれれば、イケメンどもからの盾になってくれるかも! それは俺としても期待したい!


 だが、それよりも……!


「イゼリア嬢の弟君のシャスティン君も、来年、入学したら生徒会を目指されるんですよね!?」


 ぐるんっ、と勢いよくイゼリア嬢を振り向いて尋ねる。


「ええ、もちろんですわ。エリュシフェール国の未来を支える高位貴族の跡継ぎたるもの、聖エトワール学園に入学するだけでは足りませんわ。生徒会に入って、さらに己を磨かなくては」


「さすがイゼリア嬢の弟君! 立派なお心ばえですねっ!」


 きっぱりと頷いたイゼリア嬢に称賛の声を上げると、喜んでくださると思いきや、なぜかアイスブルーの瞳をすがめられた。


「あなたの弟さんも生徒会を目指すのでしょう? それでしたら、ライバルですわね。まあ、いくら優秀でも、我が家のシャスティンが庶民であるあなたの弟さんに負けるとは思えませんけれど!」


 おーほっほっほ! とイゼリア嬢の高笑いが響く。


 し、しまったぁ――っ! イゼリア嬢が不機嫌になられた理由は、ライバル宣言をしたと受け取られちゃったからなのか――っ!


 確かに、生徒会役員の立候補が多かったら、候補者同士で争わなければならない。俺だって、入学してすぐに行われたマリアンヌ祭でイゼリア嬢と争ったもんな。


 しかも、イゼリア嬢に一位を譲って、俺自身は二位でよかったのに、何の因果かイゼリア嬢を破って一位になっちゃったし……。


 誇り高いイゼリア嬢が、実は今も心の奥では敗北を気にしている可能性は否定できない。


 これは話の持って行き方を間違えちゃったかも……っ!

 な、なんとかリカバリーせねばっ!


「で、ですが、イゼリア嬢の弟君なら、生徒会入りは確実でしょう!? それに、生徒会役員になれるのはひとりではないですし! もしロイウェルも生徒会に入ることができたら、仲間になるわけですからっ! 外部進学のロイウェルは、入学当初はきっと友達ができにくいと思うんです。ですから、シャスティン君ような素晴らしい方にお友達になってくださったらありがたいことだなぁと思いまして……っ!」


 あわあわと言いながら、イゼリア嬢のアイスブルーの瞳をじっと見つめる。


 俺はロイウェルをきつけて、シャスティン君のライバルにするつもりなんて、まったく全然ないんです~っ! ただ、ロイウェルとシャスティン君が仲良くなってくれて、俺もイゼリア嬢との距離をもっと縮められたらと……っ!


 ただ、それだけを願ってるんです〜っ!


「シャスティン君にお会いしたことはありませんが、イゼリア嬢の弟君なら、素晴らしい方に違いありませんもの! そんな方と友人になれたら、ロイウェルにもいい影響があるに違いありません!」


「当然でしょう?」


 俺の言葉に、イゼリア嬢のアイスブルーの目がすがめられる。


「オルレーヌさんに言われずとも、シャスティンが優秀なのは姉のわたくしがよく知っていますわ! ですが」


 イゼリア嬢の視線が鋭さを増す。


「先ほど会ったオルレーヌさんの弟君は、姉と違ってちゃんとわきまえているようでしたけれど……。友人とは、互いに高め合うもの。ただでさえ、オルレーヌさんの家は男爵位なのですもの。高位貴族であるシャスティンに取り入って、甘い汁を吸おうとする魂胆こんたんがないとは言えませんわ! そもそも、もしも友人になったとして、オルレーヌさんのほうからはいったい何を提供してもらえるというのかしら?」


「そ、それは……っ」


 冷ややかな問いかけに、俺は唇を噛みしめる。


 イゼリア嬢がおっしゃるとおり、ゴルヴェント家のような高位貴族なら、庇護や旨味を求めてすり寄ってくる相手には事欠かないのだろう。


 確かに、貧乏貴族であるオルレーヌ家とつきあっても、ゴルヴェント家にはまったく益はない。それはイゼリア嬢の言うとおりだ。だけど……っ!


「イゼリア嬢。きみが言うとおり、友人とは互いに高め合う存在だ。だが、高め合うものは、名声や権威だけではないだろう?」


 言い返せない俺を見かねたかのように、クレイユが静かに割って入る。


「うんっ! 僕もクレイユと同じ意見だよ!」


 と、エキューも大きく頷いた。


「最初の出会いのきっかけは貴族同士の集まりだったけど、僕がクレイユと仲良くしているのは、似たような家柄だからじゃないよ! クレイユと気が合って、好きだから親友をしているんだ! たとえ、僕かクレイユのどちらかが貴族じゃなくたってそれは絶対変わらないよ!」


 明るい緑の目に真剣な光を宿し、エキューがきっぱりと断言する。


 おおおおおっ! さすがエキュー! ありがとう……っ! 何かもう、背中に天使の羽と頭の上に輪っかが見えるぜ……っ!


「エキュー……」


 眼鏡の奥の蒼い目を瞠って呟いたクレイユが、照れたように視線を伏せる。


「……ありがとう。そう言ってもらって、わたしも嬉しい」


 珍しく、恥じらうように礼を述べたクレイユが、面輪を上げ、真っ直ぐにエキューを見返す。


「わたしも、エキューが何者であろうと、親友であることは変わらないと断言しよう」


「うんっ!」


 クレイユの言葉に、エキューが輝くような笑顔で頷く。


 ぎゃ〜っ! まぶしい〜っ! 二人のあつい友情に、思わず俺も感動しちゃいそうだぜ……っ!


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