327 残り半分で、イゼリア嬢の好感度を上げなきゃいけないのに……っ!


 俺が熱心に話しかけるが、展示されている美術品に真剣なまなざしをそそぐイゼリア嬢の反応はあまりかんばしくない。


 だが、揺らぎもせず絵画や彫刻に向けられるアイスブルーの瞳は、熱心に鑑賞してくださっているのが明らかだ。返事は返してくれなくとも、俺の解説をちゃんと聞いてくれているとわかる。


 きゃ――っ! 真摯しんしなまなざしを美術品にそそぐイゼリア嬢の横顔も素敵ですっ! 麗しすぎますっ!


 そんなご尊顔をそばで見つめることができるなんて、俺はなんという幸せ者でしょう……っ!


 それにひきかえイケメンどもっ! お前らはもっと静かにしやがれ――っ! 俺がイゼリア嬢を鑑賞してる邪魔をするんじゃねぇ――っ!


 質問されたらもちろん答えるけど、これはイゼリア嬢との質疑応答を想定して覚えてきたものであって、お前らの相手をするために覚えたんじゃねえよっ!


 お前達に感心されても意味はないからっ! 俺がお褒めのお言葉をいただきたいのは、お前達じゃなくてイゼリア嬢、ただおひとりなんだよ――っ!


 あと姉貴とシノさんっ! 後ろでおとなしく黙って見てるけど、二人が見てるのは芸術作品じゃなくてイケメンどもだろっ! 俺にはバレバレだからなっ! 明らかに顔が緩んでるぞっ!


 心の中で叫びつつ、イケメンどもを適当にあしらいつつ、、おおむね平穏にホールの一階を回り終える。このホールは二階建てなので折り返しだ。


 ううっ、あと残り半分を回り終えるまでに、もっとイゼリア嬢との好感度を上げないと……っ!


 このままじゃあ、案内を終えた時に、「イゼリア嬢! よろしければ、私と一緒に他のところも回りませんか!?」って誘いにくい……っ!


 俺の予定では、すでに、


「まあっ、オルレーヌさんったら『ラ・ロマイエル恋愛詩集』について、とっても深い知識をお持ちですのね! 素晴らしいですわ! あの……。わたくし、もっとオルレーヌさんと語り合ってみたいんですの……。いかがかしら? 次のお休みにゴルヴェント家へいらっしゃるというのは……」


 とかなんとか、イゼリア嬢ともっとお近づきになっているハズなのに……っ!


 いやっ! まだだっ! まだ諦めるのは早いっ!


 イゼリア嬢はこんなに熱心に展示品を見てらっしゃるんだっ! まだ半分あるし、終わったところで勇気を出してお誘いしてみればきっと……っ!


 ぐっ、と拳を握りしめながら、玄関ホールにある階段へとイゼリア嬢達を案内する。


 何段か、のぼりかけたところで。


「あっ! 姉様っ!」


 不意に、玄関近くで響いた澄んだ高い声に、俺は驚いて反射的に振り返る。途端、足をすべらせた。


「ひゃ……っ!?」

「ハルシエル!」


 ぐらりとかしいだ身体をとっさに抱きとめてくれたのはディオスだ。ふわりとディオスのコロンの香りが揺蕩たゆたう。


「す、すみません……っ!」


 謝罪し、あわててディオスから身を離した俺の耳に、「姉様、大丈夫っ!?」というあわてふためいた声とこちらへ駆け寄ってくる足音が聞こえる。

 耳になじんだその声は、ロイウェルのものだ。


「ごめんなさいっ! 姉様を見つけて嬉しくて、急に声を上げちゃったせいで……っ!」


 たたたっ、と階段を駆け上がってきたロイウェルに、イケメン達が道を譲る。泣きそうな顔で抱きついてきたロイウェルに、俺は優しく微笑んだ。


「大丈夫よ。ディオス先輩が助けてくださったから、何ともないわ。そんな顔をしないで、ロイウェル」


「姉様……?」


 俺のすぐそばにいたディオスがいぶかしげな呟きをこぼす。


 その声に、俺の制服を両手でぎゅっと握りしめていたロイウェルがはっと我に返ったように顔を強張らせて身を離した。


「お、お初にお目にかかります! 突然失礼いたしました! 僕はハルシエル姉様の弟で、ロイウェルと申します!」


 ぴしりっ、と背筋を伸ばしたロイウェルが、身を二つに折るようにして、リオンハルト達に深々と頭を下げる。


 ロイウェルの声に続き、ランウェルさんの慌てふためいた声も届いてくる。


「も、申し訳ございません! リオンハルト殿下! うちの息子がご迷惑をおかけいたしまして……っ!」


 駆け寄ってきたランウェルさんとマルティナさんが、階段の下で深々と頭を下げる。


「私の父のランウェルと母のマルティナ、それにひとつ下の弟のロイウェルです。二人ともとっても優しい両親で、尊敬しているんです! ロイウェルもとってもいい子なんですよ!」


 ちらりと俺に視線を向けたリオンハルトに、俺はにこやかに微笑んで三人を紹介する。


「姉様……」

 と褒められたロイウェルは照れくさそうだ。


 ランウェルさんとマルティナさんのほうは、第二王子であるリオンハルトに緊張しているのか、深く頭を下げたまま、顔を上げさえしない。


「なるほど、ハルシエル嬢のご家族か」


 ひとつ頷いたリオンハルトが、三分の一ほどのぼりかけていた階段を降りながら、穏やかにランウェルさん達に話しかける。リオンハルトが下りたので、イゼリア嬢に続き、他の面々も階段を下りる。俺もロイウェルと一緒に階段を下りた。


「オルレーヌ男爵、夫人。どうぞ、顔を上げてください。今のわたしは、第二王子ではなく、ハルシエル嬢と同じ、生徒会役員なのですから」


 物腰の柔らかなリオンハルトの言葉に、ランウェルさんとマルティナさんがおずおずと顔を上げる。


「ハルシエルは……。うちの娘は、殿下や皆様にご迷惑をおかけしていないでしょうか……?」


「迷惑? とんでもないことです」


 こわごわと発せられたランウェルさんの問いに、リオンハルトが碧い瞳を瞬く。かと思うと、ぶわっ! と薔薇の幻影が舞い散るような甘やかな笑みを浮かべた。ランウェルさんとマルティナさんが息を呑んで見惚れる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る