325 もう一度聞きたい、いや、何度でも聞きたいと思うだろう!?


「まあまあ、ヴェリアス。イゼリア嬢も」


 苦笑とともに、穏やかに割って入ったのはリオンハルトだった。


「確かに、イゼリア嬢の指摘も一理あるかもしれないね。ただ、別にわたしたちは一年二組に不正に肩入れしようと思ってしたわけではないんだ。ハルシエル嬢の頑張っている姿を見ていると、去年、自分達がよい展示にしようと頑張ったことを懐かしく思い出してね。つい、協力したくなってしまったんだよ。体育祭と違って、文化祭は勝敗のないみんなで楽しむお祭りみたいなものだからね。その点は、誤解しないでもらえると嬉しいな」


 ぶわっ、と背後に薔薇の幻影が見えそうな甘やかな笑顔を浮かべ、リオンハルトが優しい声音で語りかける。


 リオンハルトの雰囲気にあてられたかのように、かぁっとイゼリア嬢の面輪が薄紅色に染まった。


「は、はい……っ! もちろんですわ! リオンハルト様のお言葉を疑うなんて、そんなこと……っ!」


 ふるふると、つややかなストレートの黒髪を揺らし、イゼリア嬢がかぶりを振る。


 ああ……っ、イゼリア嬢の御髪おぐしの香りが……っ!


 思わずうっとりとトリップしそうになった俺の耳に、イゼリア嬢のお声が届く。


「皆様の朗読も素敵でしたが、リオンハルト様の朗読はひときわ素敵でしたわ!」


 両手を胸の前で組んだイゼリア嬢が、きらきらと輝く感嘆のまなざしでリオンハルトをじっと見つめる。


「わたくしがどれほど感動したか……っ! 言葉では言い尽くせませんわ! 叶うなら、わたくしもリオンハルト様がお読みになられるところを、そばで拝聴したかったですわ……っ!」


「そうだよねっ! わかるっ! わかるよその気持ち!」


 イゼリア嬢のお言葉に、「うんうん!」と大きく頷いて姉貴が追随ついずいする。


「さっきは不意打ちみたいなものだったからね! ここはやっぱり、もう一度じっくりしっかりばっちり聞きたいね!」


「いえあの、このテープは他の音楽と合わせて今日はエンドレスで流……」


 なんだか嫌な予感を覚えて口を挟むより早く、姉貴がイゼリア嬢を振り返る。


「イゼリア嬢も、もう一度聞きたい、いや、何度でも聞きたいと思うだろう!?」


「え、ええっ! もちろんですわっ!」


 姉貴の勢いに呑まれたように、イゼリア嬢がこくこく頷く。


 おおおっ!? イゼリア嬢が何度でも朗読を聞きたいと思ってくださってるなんて……っ!


 さっきは叱られちゃったけど……。でも、朗読自体は気に入ってくださったんだ……っ!


 憧れのイゼリア嬢にお喜びいただけたというだけで、俺はもう十分ですっ! 姉貴っ、珍しくいいことを聞いてくれたっ!


 感動のあまり、目が潤みそうになる。今だけなら、発案者のヴェリアスや、読んでくれたリオンハルト達に素直にお礼を言えそうだ。


 と、姉貴がにこやかに微笑んだ。


「本当に、この朗読を今日限りにするのはもったいないと思うんだよ! ……というわけでだね。このテープ、購買で発売しないかいっ!?」


 …………は?

 はぁあああああっ!?


 ちょっと待て――っ! テープを流すのは今日だけだってクラスメイト達に説得されてしぶしぶ承諾したけど、購買で販売って……っ! いったいどんな羞恥プレイ――、


「まあっ、理事長! 素晴らしい発案ですわっ!」


 イゼリア嬢が満面の笑みで華やいだ声を上げる。


 ……え。それってつまり……っ!


 もしや、イゼリア嬢が俺の朗読を何度も聞きたいと思ってくださったってことですか……っ!?


 う、うううううううれしいぃぃぃ~っ! 嬉しすぎますっ! ありがとうございますっ!


 あ、あのっ! イゼリア嬢がお望みでしたら、テープなんかじゃなくて、目の前で朗読させていただきますがっ!


 ええもうっ、いくらでも! イゼリア嬢が望まれるだけっ!


 姉貴の言葉に色めき立ったのはイゼリア嬢だでけじゃなかった。


「それは素敵な発案ですね」


 リオンハルトが珍しく興奮した様子で言えば、続いてディオスが、


「ええ。俺も賛成です! ぜひとも購買で売りましょう!」

 と力強く頷く。


「はーいっ! 僕、ぜひ買いたいですっ!」


 エキューが元気よく手を上げ、クレイユが銀縁眼鏡のブリッジをくいと上げながら、


「そうですね。わたしも買わせていただきます」

 と頷く。


 ん? エキューとクレイユも買うのか!? 自分の朗読テープを買いたいなんて、物好きな……。


 ……はっ! そうか! もしや、エキューはクレイユの、クレイユはエキューの朗読を聞きたいとかっ!? これは姉貴とシノさんが狂喜乱舞しそうなヤツ……っ!


「さっすが理事長~♪ オレも販売するということまでは思いつきませんでした~♪」


 ヴェリアスが心底感心したように言うが……。


 姉貴のことだから、絶対にイケメンどもの音声を手に入れたかっただけだぞ、これ……っ!


 さすが腐女子大魔王っ! 腐妄想のためのグッズなら、自ら製作に乗り出すとは……っ!


 俺だって! 俺だってイゼリア嬢グッズは喉から手が出るほど、そしてグッズの山にうずもれるほど欲しいぃぃぃ……っ!


 っていうか!


「ま、待ってくださいっ!」


 俺は勢いよく挙手する。


「朗読テープを販売するなら、イゼリア嬢の朗読も入れないと不公平じゃないですかっ!」


 イケメンどもの朗読テープなんざ、これっぽちもいらないが、イゼリア嬢の朗読テープは何としても欲しいっ!


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