323 やった――っ! サプライズ大成功!?


『わたしの心を照らすのは愛らしいきみのまぶしい笑顔

 わたしの心を癒やすのは優しいきみの柔らかな指――』


 不意に、ホールに甘やかな美声が流れる。


 同時に、ホールのあちこちで見学者が息を呑む鋭い音が聞こえた。


 もちろん、それはイゼリア嬢も例外ではなく、アイスブルーの瞳が、信じられぬものを聞いたかのようにみはられる。


『きみの金の髪が揺れるだけでわたしの心もゆらゆら揺れる

 これほど心を乱すのも

 これほど心を満たすのも

 愛らしいきみただひとり――』


 来場者の驚きなど、知ったことではないと言わんばかりに耳に心地よく響く美声が流れ――。


『胸に秘めたこの想いを伝えたら

 きみは何と答えてくれるだろうか』


 朗読が終わった瞬間、あちらこちらでほぅ……っ、と感嘆の溜息が洩れる。それだけどころか。


「だめ……っ! わたくし、もう気を失ってしまいそう……っ!」


「いけませんわっ! しっかりなさって! わたくしと一緒に耐えましょう……っ!」


「このお声、何度聞いても聞き惚れてしまいますわ……っ!」


「わかるよ! 俺ももう、これを聞くと何も手がつかなくなって……っ!」


「これこそ、天上の調べってやつだよな……っ!」


 ……やばい。美声の威力にやられた被害者が続出してる……っ! 騒ぎになったら困るから、頼むから失神者は出てくれるなよっ!?


「リオンハルト様、これって……っ!?」


 アイスブルーの瞳を瞠ったまま、イゼリア嬢が震える手を口元に当て、信じられぬと言いたげに隣のリオンハルトを振り返る。


「イゼリア嬢には、すぐわかってしまったようだね」


 柔らかな笑みを浮かべたリオンハルトが、イゼリア嬢に小さく頷く。


 いやっ、たぶんみんなわかってるからっ! 特に在校生にとっては、集会のたびに聞く声だもんなっ! だからある程度の耐性があるハズなんだが……。


 改めて聞くと、声の調子といい、選んだ詩といい、糖度が半端ねぇ……っ! さすが『キラ☆恋』のメインヒーローの座は伊達じゃないなっ!


 姉貴なんて、顔が融けてイケオジじゃなくなってるし……っ!


 おい姉貴っ! 擬態ぎたいが解除されてるぞっ! 仮にも理事長がそんな緩みきった顔をしてていいのかよっ!?


 いっつもクール美人なシノさんも、頬を紅潮させて、瞳を潤ませてるし……。シノさんのほうは眼福だからいいけどなっ!


「ですが、どうしてリオンハルト様が……」


 リオンハルトを見上げたまま、イゼリア嬢がかすれた声で問いかけるより早く、次の詩が流れ出す。


『はらはらと降り落ちる雪のように

 愛しいきみとの思い出も積もればいい

 どんなささいなやりとりも

 どんな小さな微笑みも

 それがきみとのものであれば消して消えることはない――』


 低く抑揚のある、それでいてどこか甘い響きの声は、ディオスのものだ。


 ディオスの朗読に続いて、ヴェリアス、クレイユ、エキューの朗読も流される。


「リオンハルト様だけでなく、皆様も……っ!?」


 驚愕に見開かれたイゼリア嬢のアイスブルーの瞳は、いまやこぼれ落ちんばかりだ。


 やったぁ――――っ! サプライズ、大成功だぜっ!


 でも待ってください、イゼリア嬢っ! 一番何よりも聞いていただきたいのは……っ!


『わたしが心から願うのは、あなたの幸せただひとつ

 あなたの微笑みだけでどれほどわたしの心が弾むのか

 きっとあなたは知らぬでしょう

 あなたのまなざし

 あなたのお声

 あなたのすべてがわたしを幸せにするのです

 あなたに振り向いてほしいとは申しません

 けれど、ただひとつだけ願うことができるなら

 あなたの幸せをおそばで祈らせてください』


 最後に流れた朗読は、俺がイゼリア嬢を思って、心を込めて読んだ詩だ。まさか、エキューと朗読したい詩がかぶるとは思っていなかったから、帰宅してから詩集を読

み返し、悩んだ末に選んだ一篇だ。


 イゼリア嬢への思いをストレートに表している詩を読むのは、ちょっと恥ずかしかったんだけどなっ! でも、これはまぎれもなく俺の本心だ。


 俺の朗読が流れ終えた瞬間、なぜか、しんと静寂が落ちる。


 ん? なんだどうした?


 なんでイケメンどもも凍りついたように目をみはって動かないんだ?


 ……はっ!? もしやアレか!? イケメンどもと違って、俺の朗読がへたくそすぎて呆れられたとか――、


「ハルシエル嬢っ!」


「ひゃあっ!?」


 突然、リオンハルトにすごい勢いで両肩を掴まれ、すっとんきょうな悲鳴が飛び出す。


 うぉおっ!? なんだなんだっ!? ヴェリアスといい、リオンハルトといい、今日はやたらと肩を掴んでくるなっ!?


 俺を真っ直ぐに見つめるリオンハルトのまなざしは、真剣極まりない。形良い眉を寄せた表情は、俺をとがめているようで。


 悪かったな! どうせ、俺の朗読はイケメンどもみたいに巧くないよ! ひとりだけへたくそだって言いたい――、


「そんなに、自分の心をいましめる必要はないんだよ」


 …………はい?


「そうだぞ、ハルシエル! 告げたい思いがあるなら、はっきり言ってくれればいい! 迷惑だなんて思うものか!」


 リオンハルトの後ろから顔を出したディオスが、やけに気合の入った声で告げる。


 …………へ?


「も〜っ、ハルちゃんってば、ふだんは小悪魔で冷たいのに、ときどきけなげすぎる天使になるのはズルいでしょ……。オレには遠慮なんてしなくていいんだよ♪」


 ディオスとは反対側から顔をのぞかせたヴェリアスが、思わせぶりにウインクする。


 …………は?


「何をおっしゃってるんですか。ハルシエル嬢はいつだって天使でしょう? まあ、後半の遠慮しないでほしいという部分には、わたしも同意しますが」


 ヴェリアスの後ろから、さらにクレイユが顔をのぞかせる。


 …………え?


「そうだよっ、ハルシエルちゃん! お願いだから遠慮なんかしないで、打ち明けてね!」


 ディオスの後ろからぴょこっと身を乗り出してきたのはエキューだ。


 …………うん?


 何だどうした!? なんでイケメンどもが次々に「遠慮するな」って話しかけてくるんだっ!?


 っていうか、お前らが遠慮しやがれっ! 体格がいいのが並ぶと、イゼリア嬢のお姿が隠れて、全然見えねぇじゃねーかっ!


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