321 貸し出しの見返り
実際、クラスメイトのひとりが見つけてきたこの曲を聞いた途端、俺の心に浮かんだのは、体育祭の応援合戦で優雅に踊ってらっしゃったイゼリア嬢のお姿だったんだよな〜っ!
なので、俺の脳内では、この曲は『ラ・ロマイエル恋愛詩集』というよりむしろ、イゼリア嬢のイメージソングという認識だ。
「まあ、確かに優雅な曲ではありますわね」
俺の言葉に返ってきたイゼリア嬢の口調はそっけない。
だが、ふいと背けた頬がうっすらと薄紅色に染まっているのを、俺は見逃さない。
イゼリア嬢が照れていらっしゃる〜っ! きゃ〜っ! 可憐すぎます〜っ!
これはもしや、俺の遠回しな告白が通じたっ!?
しかも、イゼリア嬢がデレを返してくださったということは……っ!
これはもう、両想いと言ってもいいんじゃねっ!?
ぎゃ――っ! ありがとうございます~っ! 光栄すぎます~っ!
俺の思いが通じたということは、好感度もかなり上がっているということですよねっ!?
ここへ来られる時も、とってもにこやかな笑顔を見せてくださってましたし、これはもしや、イゼリア嬢ルートが開放された……かもっ!?
感動と喜びのあまり、気が遠のきそうになる。
と、感動に打ち震える俺を現実に引き戻すかのように、クレイユが問いを口にした。
「ハルシエル嬢。では、あの大理石像も詩集に
クレイユが示したのは、ホールに入ってすぐの一番目立つところに置かれた若い女性の大理石像だ。
おいっ、クレイユ! せっかくイゼリア嬢ルートが開放された感動にひたってたんだから邪魔すんじゃねぇっ!
反射的にクレイユを睨みつけそうになるが、
「見たことがない像ですけれど、なかなか素敵ですわね。名のある彫刻家の手によるものなのかしら?」
というイゼリア嬢の言葉に、はっと我に返る。
「さすがイゼリア嬢でいらっしゃいますねっ! お目が高いっ! そうなんですっ! この大理石像は、聖エトワール学園の卒業生で、今は世界的に有名な新進気鋭の若手彫刻家・ジェケロット氏の学生時代の作品なんです! 今回のために、美術部の秘蔵だという未発表作品を、どうしてもと頼み込んでお借りしてきたんです!」
「まあっ! ジェケロット氏の未発表作品ですの!」
イゼリア嬢が感動の声とともに大理石像を見上げる。
さすがイゼリア嬢! ジェケロット氏の名前にすぐに反応されるなんて、教養が深くていらっしゃいます! 今回の展示で初めて名前を知った無教養な俺と違い、すでにご存じだとは!
八年ほど前の超有名な卒業生らしいけど、今年入学したばかりの俺は、芸術に
しみじみと大理石像を見上げながら感心したような声を上げたのはディオスだ。
「なるほど、ジェケロット氏の初期作品なのか。言われてみれば確かに、現在の作品にも通じる雰囲気を感じるな……。これほど見事な作品を学生時代に制作するとは、さすが世界的な彫刻家だな」
「
高尚な芸術作品を前に、低俗なゴシップネタをぶっこんできたのはヴェリアスだ。
「……家督を譲ったとしても、世界的に有名な彫刻家なら、たとえ爵位を返上したとしても敬われることでしょう。まあ、好き勝手に生きても後ろ指さされることのない幸運な芸術家なんて、そうそういないでしょうが」
クレイユが冷徹極まりない口調で告げる。
芸術なんてくだらないと言いたげな吐き捨てるような口調は、ある意味クレイユらしい。
俺も決して人のことは言えないけど、クレイユも美術とか音楽だとか、芸術関係にはいかにも疎そうだもんなっ!
「ク、クレイユ……」
クレイユの冷ややかな口調に、エキューがおろおろと声をかける。
「いや〜っ! でもジェケロット氏の未公開作品を借りてくるなんて、ハルちゃんってばやるじゃん! オレですら、こ~んなお宝が学園内に眠ってるなんて、まったく知らなかったよ!」
どことなく固く張りつめた雰囲気を変えるように、明るい声を上げたのはヴェリアスだ。元はと言えば、そもそもお前が余計なゴシップネタを口にしたせいだけどなっ!
「え? 私の成果じゃありませんよ。交渉してくれたのは、うちのクラスの美術部員達ですから褒めるんなら、その子達を褒めてあげてください。まあ、貸し出ししてもらう見返りには、私も関わってますけど……」
「……それは、どういうことかな?」
不意に、低い声で呟いたリオンハルトがずいと身を乗り出す。
うおっ!? びっくりした――っ! 急に距離を詰めてくるんじゃねぇ! 心臓に悪いだろうがっ!
「え、その……。貸してもらうお礼に、今度、美術部で絵のモデルをするだけですけど……?」
「っ!?」
俺の言葉に、なぜかイケメンどもがいっせいに息を呑む。
ぱあっと顔を輝かせたのはエキューだ。
「ハルシエルちゃん、モデルをするの!? すごいね!」
「エキュー、単純に喜んでいる場合ではないだろう?」
「クレイユ、文化部長のお前なら、美術部長が誰か、知っているだろう? 今の美術部長は誰だ? 女生徒か? 男子生徒か!?」
エキューをいさめたクレイユに、ディオスが真剣な顔で尋ねる。
「女生徒ですね。二年二組のエレナ・ビエラッテさんです」
「女生徒か……」
即答したクレイユに、ディオスとリオンハルトが安堵したように吐息する。
「いや、リオンハルトもディオスも認識が甘いってば!」
真剣極まりない顔でリオンハルトとディオスに注意したのはヴェリアスだ。
「ねぇ、ハルちゃん。ひとつ確認しときたいんだけど……」
「な、なんですか……?」
いつものヴェリアスからは想像もつかない真剣なまなざしに、思わず背筋を正して問い返す。と、一歩踏み出したヴェリアスが、両手で俺の肩を掴み。
「そのモデルって、ちゃんと服を着てやるんだよね?」
「っ!? な、なななななにを馬鹿なことを言ってるんですか――っ! 当たり前でしょう!?」
一瞬でぼんっと顔が熱くなる。
生真面目な表情で何を言うのかと思ったら! 確認するのはそんなことかよっ!
っていうか、俺がヌードモデルなんて引き受けるワケがないだろ――――っ!
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