320 それは、ぜひともお会いしたいね
……にしても、ロイウェル達も朝一番で一年二組の展示に来るって、朝食の席で言ってたんだけど、まだ来ないなぁ……。もしかしたら、広い校内で迷ってるんだろうか……?
「どうしたんだい?」
生け垣の向こうに視線を向けていると、リオンハルトに尋ねられた。
おいっ! 近いっ! 身を乗り出してくんなっ!
「い、いえっ! うちの家族も朝一番で来てくれるって言っていたので、まだかなぁと思いまして……」
告げた瞬間、なぜかイケメンどもの顔に緊張が走る。
……ん? なんで急にブレザーの襟を正し始めたり、髪を撫でつけたりし始めてるんだ? 別に突風なんで吹いてないぞ?
「ハルシエル嬢のご家族もいらっしゃるのかい? それは、ぜひともお会いしたいね」
うぉっ、まぶしっ!
いきなりリオンハルトがぶぁさっ! と背後に薔薇の幻影を背負ってにこやかな笑顔を浮かべる。
なんだなんだ、どうした!? 別の誰かと勘違いしてないか!? ハルシエルの両親は貧乏男爵家だから、第二王子のリオンハルトや高位貴族のイケメンどもが会っても、別にメリットなんかないぞ!?
「うむ。これは言い争いなんてしている場合じゃないな」
ディオスがきりりと凛々しい面輪を引き締めて呟けば、
「確かに、今回ばかりは同意するしかないね♪」
と、ヴェリアスもぱちりとウインクする。
「ではどうしますか? ハルシエル嬢のご家族がいらっしゃるまで、もう少し待ちますか?」
「ハルシエルちゃんだって、ご家族と一緒に案内したいよね?」
クレイユが疑問を口にし、エキューが俺の顔を覗き込んでくるが……。
「ううんっ、大丈夫! もし来れたら、っていうくらいの約束だから、待ってもらわなくても平気よ! 気遣ってくれてありがとう。私のわがままでみなさんの貴重な時間を奪うのも悪いし……。きっとそのうち来るだろうから、先に案内させて!」
なぜだろう? 俺の警戒本能が、ここはロイウェル達を待たないほうがよさそうだと、さっきから訴えかけている……っ!
ただでさえ、すでに姉貴とシノさんも加わってるもんな。これ以上増えたら、さらにカオスになりそうな予感がする……っ!
「さあ、案内します! こちらです!」
俺はきっぱりとかぶりを振って、エキューの申し出を断ると、イゼリア嬢を案内するべく、さっと小ホールの入り口を腕を伸ばして指し示す。
「今回、この小ホール全体で、『ラ・ロマイエル恋愛詩集』の世界観を味わえるようにしているんですよ! イゼリア嬢、お手をどうぞ」
イゼリア嬢をエスコートしようと、もう片方の手を差し伸べる。が、帰ってきたのはいぶかしげな視線だった。
「どうして女性であるオルレーヌさんにエスコートしてもらわなければなりませんの? あなたと手をつないで見学したら、まるで、わたくしとあなたの仲がよいように見えるではありませんの。そんな風に見られるなんて、遠慮いたしますわ!」
冷ややかに告げたイゼリア嬢が、ぷいっと顔を背ける。
あれ? さっきまでデレ満開になってらっしゃったのに、いつの間にかいつものツンに戻ってらっしゃる……。
でも、通常モードなイゼリア嬢も素敵です! 手をつないでいるのを見られるのが嫌だなんて……。照れてらっしゃるんですねっ! そんなところも可愛すぎますっ!
心の中でイゼリア嬢のお可愛らしさにきゅんきゅん萌えまくりながら、仕方なく手をつなぐのは諦め、「では……」と小ホールの中へ足を進める。
イケメン達はまだためらっているようだったが、俺が歩き始めると、諦めたようにぞろぞろとついてきた。
いや、別にお前らはついて来ずにそこでロイウェル達を待っててくれてもいいけどな!? そしたら俺とイゼリア嬢の二人っきりで回ってくるから!
が、俺の願いもむなしく、イケメン達も、もちろん姉貴とシノさんもついてくる。
小ホールに入った途端、流れてくるのはワルツ調の軽やかで優雅な音楽だ。だが、あまり有名な曲ではない。
「イゼリア嬢、この曲の名前を知ってらっしゃいますか? 『乙女の微笑み』っていう曲なんですよ!」
俺はイゼリア嬢を振り返ると、さっそく解説を始める。
イケメン達も追いついてきてるけど、あえてスルーだ。俺が解説を聞かせたいのはイゼリア嬢だけだからなっ!
「イゼリア嬢もお読みになっていたように、『ラ・ロマイエル恋愛詩集』は聖エトワール学園のベストセラーのひとつなんですけれど……。実は、詩集の魅力にとりつかれて、詩集に
ある意味、ハイソサエティな二次創作と言ってもいいのかもしれない。いやだって、作曲とか絵画とか彫刻とか、同人活動にしては芸術的すぎるだろっ!?
「探してみたら、びっくりするほどたくさんの作品が見つかったんですよ! クラスのみんなと話し合ったんですけど、こんなに『ラ・ロマイエル恋愛詩集』からインスピレーションを受けた作品が多いのは、内容の素晴らしさはもちろん、謳われている乙女が普遍的であるということも、理由のひとつなのではないかな、と……」
「なるほど……」
俺の説明に、リオンハルトが感心したように呟く。
「確かに、詩集では乙女の名前は語られていないからね」
「そうなんですよ! 金色の髪と紫色の瞳ということはまれに詩の中で謳われているものの、名前は一切書かれていなくて……。だからこそ、読んだ人がそれぞれ、自分の想い人を心に想い描けるのかもしれません」
俺は歩きながらイゼリア嬢を振り返り、にこりと微笑む。
「この上品で優雅な曲なんて、優美なイゼリア嬢にぴったりだと思いませんか?」
きゃ――っ! 言っちゃった! 言っちゃったぜ〜っ!
この流れでもこの発言! 遠回しに俺の想い人はイゼリア嬢だと言ってるも同然だよなっ!
我ながら大胆な気がするけど、今日はせっかくの文化祭! ちょっとぐらい積極的になったって、罰は当たらないよなっ!?
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