316 イゼリア嬢と仲良くなるために、まず……っ!


「えーと、そう! 今日の予定のこととか、『白鳥の湖』のことを考えて、気合いをこめていたの……っ! ごめんなさい、ひとりでぼうっとしちゃって」


 あっぶねぇ……っ! 純真なロイウェルの前で危うく「うぇっへっへっへっへ……」とアブない笑みをこぼすところだったぜ……っ!


「ううん! 姉様、本当に頑張ってるんだね! 見るのがますます楽しみになっちゃった」


 ロイウェルの無垢な笑顔に罪悪感が刺激される。


 すまん、ロイウェル……! 俺がいま思い描いていたのは、『白鳥の湖』のことじゃなくて、イゼリア嬢のミニスカート姿だったんだ……っ!


 が、そんなことを口に出して、純真なロイウェルを幻滅させるわけにはいかない。


「姉様は生徒会役員だから、クラスのことだけじゃなく、劇とか運営とか忙しいもんね。じゃあ、今日は聖エトワール学園で姉様を見かけても、声をかけたら邪魔かなぁ……?」


 ロイウェルがきゅうんと鳴く子犬みたいな表情で俺を見上げる。


 か、可愛い……っ! 可愛い弟にこんな風に言われたら、断れるわけがないだろ――っ!


 っていうかむしろ!


「そんなこと気にしないで、ロイウェル! ロイウェルも来年は聖エトワール学園の推薦入試を受ける予定でしょう!? 文化祭みたいな機会がないと、外部の学校に通っている生徒はなかなか学内に入りづらいだろうし、今日は学園内をじっくり見るいい機会だと思うの!」


 ロイウェルの心配を吹き飛ばすように、俺はぐっと拳を握りしめて力説する。


「さすがにずっと案内するのは無理だけど、九時過ぎなら、私は自分のクラス展示の場所で生徒会のメンバーを案内する予定なの。だから、ロイウェルもお父様達と一緒によかったら見に来てくれないかしら……? 生徒会のメンバーを紹介してあげるから!」


「ええっ!? いいの、姉様っ!?」


 俺の提案にロイウェルが目をこぼれんばかりにみはり、驚きの声を上げる。


「だって……。生徒会長ってリオンハルト殿下でしょう!? 他の役員だって高位の貴族の方々だし、僕なんかがお会いするなんて……」


 ロイウェルの動揺っぷりは俺の予想以上だ。


 ハルシエルとしてこの世界の常識は知っているものの、現代日本人な感覚が抜けきらない俺と違って、生まれた時から身分制のある社会で生まれ育ってきたロイウェルは、身分が上に属する者への敬意が強いのかもしれない。


 っていうか、身分が高位の者への敬意って言っても、ぐいぐい迫りまくるイケメンどもがうるさすぎて、敬意を抱くどころじゃないんだけどなっ!?


 貴族っていうんなら、もっとおしとやかにしてろっ! ぐいぐいぐいぐい寄ってくるんじゃねぇ――っ!


 あっ! もちろんイゼリア嬢だけは別ですっ! イゼリア嬢はたとえどんな身分であろうとも、常に俺にとって最上位に位置してらっしゃいますからっ!


 イゼリア嬢は俺にとって、唯一無二の至尊の御方ですっ! むしろ、もっとぐいぐい来てくださっていいんですよ!? 俺は三百六十五日二十四時間、いつでもばっちこいですっ!


 ともあれ、俺はにっこり笑ってロイウェルに告げる。


「心配しなくても大丈夫! 聖エトワール学園に入ったら、みんな同じ学園の生徒だもの! 身分なんて気にする必要なんかないわ! 現にリオンハルト先輩を筆頭に、生徒会の面々はみなさん身分なんて関係なく気安く話しかけてくださるし……」


 うんっ、お前らむしろ、もうちょっと静かにしてろっ! 俺にかまってくるんじゃねぇ――っ! ってレベルでなっ!


「それに、何よりロイウェルは私の自慢の弟なんだもの! 会ったら、生徒会の面々全員が『素敵な弟さんですね』って言うに違いないわ! いまから断言してもいいくらいよっ!」


 腐女子大魔王な姉は前世の頃から「うちの姉です」なんて、まかり間違っても友達に紹介できなかったけど……。


 いや、擬態ぎたいがうまいから、腐女子仲間を除いた周囲の面々にはうまくごまかしてたみたいだけどな?


 でも、中学の頃とか、俺が家に友達を呼んでゲームしてたり、外で友達とふざけてるところに出くわしたら、ヤケにによによした顔で見てきたんだよなぁ……。


 あれは絶対に脳内でよからぬことを妄想してたに違いないっ!


 弟の俺はともかく友達まで姉貴の腐妄想の毒牙にかけてたまるか……っ! って、だんだん友達を呼ばずに外で遊ぶようになったんだよなぁ。


 そんな姉だったから、俺が友達に姉貴を紹介することなんて、あるはずがなく。

 けど、ロイウェルだったら話はまったく別!


 むしろ、「ハルシエルの弟はこんなに可愛くて素直でいい子なんです〜っ!」って声を大にして言い回りたいっ! 自慢したいっ!


 ロイウェルに会ってみて少し会話をしたら、きっとイゼリア嬢だって、「この子がオルレーヌさんの弟さん? まあっ! 可愛くてよい子ではありませんの!」とおっしゃるに違いないっ!


 なんてたってイゼリア嬢にもロイウェルと同じ年の弟君、シェスティン君がいるからなっ! きっと弟と同じ年のロイウェルに親近感を持たれるハズ……っ!


 そう……っ! イゼリア嬢にロイウェルのいい子ぶりを知っていただき、来年一緒に高等部に入学するだろうロイウェルとシェスティン君が仲良くなれば……っ!


 弟同士が仲良しということで、俺とイゼリア嬢が会話する機会も自然と多くなるハズ! 


 ゴルヴェント家に俺とロイウェルが一緒にお招きいただく機会だってあるかもしれないし……っ!


 題して『遠回りでも確実に距離を詰めていく! 弟同士が仲良くなれば姉同士だって距離が縮まるに違いない大作戦っ!』


 「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ」のことわざにならって「イゼリア嬢と仲良くなりたければまず弟同士を親友にさせよ」だぜっ!


 中等部に通っているっていうイゼリア嬢の弟君のシェスティン君とはまだ会ったことがないけど……。ロイウェルは間違いなくいい子だから、きっと仲良くなってくれるハズ!


 実際に仲良くなるのは来年度に入学して以降としても、事前に顔見せしておくのは決して悪いことじゃないもんなっ!


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