312 ヴェリアス先輩だけは王子より悪魔がふさわしいです


 俺の言葉にクレイユが心外そうに眉を寄せる。


「だが、オディールにとっては『王子役』はクレインだろう?」


「た、確かに今回はそうアレンジされてるけど……」


 シャルディンさんが書いてくれた脚本では、特にクライマックスのシーンが原作から大きく変更されている。


 クライマックスで重要な役割を果たすひとりが、クレイユ演じるロットバルトの部下役のクレインだ。


「つーまーりー、クレイユがある意味王子役なのは、あくまで劇の中だけってコトだよね〜♪ 現実ではハルちゃんの王子サマはオレだもんねっ♪」


「は? 何を言ってるんですか?」


 突然、妄言を吐き出したヴェリアスに、素で冷ややかな声が出る。


「ヴェリアス先輩が王子様なワケないじゃないですか! さっきの言葉は訂正します。生徒会メンバーの中で、ヴェリアス先輩だけは王子より悪魔がふさわしいです」


「ちょっ!? ハルちゃんそれヒドくない!?」


 ヴェリアスが哀れっぽい声を出すが、誰もフォローする様子がない。リオンハルトですら苦笑している。


 と、見かねたのか、イゼリア嬢が細い眉を吊り上げて口を開いた。


「オルレーヌさんってば、ヴェリアス様になんて失礼なことをおっしゃるの!? 本当に礼儀のなっていない方だこと……っ! 目上の方に対する敬意がありませんわ!」


「イ、イゼリア嬢……っ! 申し訳ありません……っ!」


 ヴェリアスなんかを擁護ようごされるなんて……っ!


 やっぱりイゼリア嬢は地上に舞い降りた天使ですっ! お心が清らかすぎます……っ! 隠れた羽と天使の輪っかはどこですか!?


 と、ヴェリアスがにぱっと笑って顔を上げる。


「ほらぁ~♪ イゼリア嬢もああ言ってるんだし、もうハルちゃんの王子様はオレで決まりデショ!」


「決まってませんよっ! どこをどう解釈したら、そんな考えが出てくるんです!?」


 瞬時に立ち直るとは、ほんとめげないなっ!


「イゼリア嬢がおっしゃるので、王子様もふさわしいと認めてあげないこともありませんけれど、やっぱりヴェリアス先輩は同時に悪魔もふさわしいですっ!」


 そのどこまでも自分に都合よく解釈して引っかき回してくる性格とかなっ!


 だが、俺の言葉にもヴェリアスの軽薄な笑みは変わらない。


「悪魔がふさわしいってコトは、ロットバルト役はハマり役ってコトだよねっ♪ いやぁ、ハルちゃんに認めてもらえるなんて嬉しいな〜♪」


 ほんっと、ああ言えばこう言うだなっ!


「別に認めたわけじゃありませんから! まあ、劇に打ち込まれる姿勢は評価しますけど……」


 なんてったってイゼリア嬢がヒロインを演じられるんだからなっ! それを成功させようっていう気概きがいだけは認めてやらなくもない。


 イゼリア嬢を引き立てるため、俺だって手を抜くわけにはいかないしなっ!


 俺とヴェリアスのやりとりを困り顔で見守っていたリオンハルトが、雰囲気を変えるように口を開く。


「明日、衣装が届けば、本番さながらの稽古になるだろうね。文化祭も迫っているし、ますます稽古に熱が入るに違いない。明日が楽しみだね」


「ほんと、そうですね!」


 リオンハルトの言葉に一も二もなく頷くと、イゼリア嬢がようやく笑みをのぞかせた。


「貧乏人のオルレーヌさんでは、『プロープル・デュエス』の素晴らしいドレスを着られる機会なんて、生徒会のイベントを除けば皆無ですものね! さぞかし楽しみなことでしょうね」


 おーっほっほ! とイゼリア嬢の高笑いが飛び出す。


 久々の高笑いいただきました! ありがとうございますっ!


「オルレーヌ家の経済事情をおもんぱかってくださるなんて、さすがイゼリア嬢はお優しいですね……っ! そうなんです! とっても楽しみなんですっ!」


 こくこくこくっ! と勢いよく頷く。


「『プロープル・デュエス』のドレスは本当に素晴らしいですから! ドレスをお召になったイゼリア嬢は、本当にお美しいでしょうね! 制服姿のイゼリア嬢ももちろん素敵ですが、ドレス姿は得も言われぬ華やかさですから……っ! もう、いまから、イゼリア嬢のお美しいドレス姿が見られる明日が待ち遠しくてたまりませんっ!」


 ほんと、早く見たいなぁ……っ! ドレスを着ての稽古が永遠に続けばいいのに……っ!


 うっとりと告げると、イゼリア嬢の細い眉がきゅっと寄った。


「ヒ、ヒロインのわたくしが華やかなのは当然でしょう!? そうではなくて、わたくしはオルレーヌさんの話を……」


「イゼリア嬢に話題に出していただけるなんて光栄ですっ! ありがとうございます! ですが、私なんてイゼリア嬢を引き立てるための脇役。『白鳥の湖』の成否は、オデット姫を演じられるイゼリア嬢にかかってますから! もちろん、イゼリア嬢のオデット姫は素晴らしいに決まってますけれども!」


 拳を握りしめ、気持ちを込めて告げると、イゼリア嬢の面輪が薄紅色に染まった。


「あ、当たり前でしょう! リオンハルト様率いる生徒会の劇を失敗させるわけにはいきませんもの! そのためにこうしてお稽古に打ち込んでますのよ!?」


「そんな真面目なところも素敵です! 尊敬します!」


 『キラ☆恋』のゲーム内では悪役令嬢ポジションだけど、イゼリア嬢って実は真面目な努力家なんだよなぁ。


「素晴らしい美貌と才覚にあふれてらっしゃるのに努力をおこたらないなんて……っ! イゼリア嬢は素晴らしすぎます! 尊敬……いえ、尊敬じゃ足りません! 崇拝したいくらいですっ!」


 きゃ――っ! 言っちゃった~~~っ!


 ほんとは崇拝するだけじゃ足りなくて、五体投地して崇め奉りたいんだけどっ!


 俺の言葉に、イゼリア嬢が顔を真っ赤にして口をぱくぱく開閉させる。


「す、崇拝だなんて、そんな大袈裟おおげさな……っ! そんな見え透いたお世辞を言われても、懐柔なんてされませんわ!」


 ぷいっとイゼリア嬢がそっぽを向く。が、ひとつに結った髪型のせいで耳たぶまで赤く染まっているのがひと目で明らかだ。


 ぎゃ――っ! イゼリア嬢が照れてらっしゃる――っ!


 可愛い……っ、可愛いすぎます……っ! ふだんがツンな分、デレが最強ですっ!

 もう、幸せのあまり、気が遠くなりそう……っ!


 ひとり脳内で大興奮していると、リオンハルトの穏やかな声が聞こえてきた。


「ともあれ、文化祭が近づいてきているのは確かだからね。当日、観客に楽しんでもらえるよう、生徒会の名に恥じないようこれからも練習に励もうか」


 リオンハルトの言葉に、ぱっと振り向いたイゼリア嬢が顔を輝かせる。


「はいっ! さすがリオンハルト様、素晴らしいお言葉ですわ! わたくしもリオンハルト様の相手役として恥じぬよう、いっそう練習に打ち込みます!」


「それは頼もしいね」

 リオンハルトの笑みに、イゼリア嬢の表情がさらに輝く。


 ま、まぶしい……っ! イゼリア嬢から放たれる魅力の輝きで目がくらみそうです……っ!

 けど、根性でイゼリア嬢の麗しのお姿を目に焼きつけてみせるっ!


 イゼリア嬢に負けないよう、俺も稽古に打ち込みますっ!


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