309 破壊力がヤバすぎるっ!

「『わたしの心を照らすのは愛らしいきみのまぶしい笑顔

 わたしの心を癒やすのは優しいきみの柔らかな指

 きみの金の髪が揺れるだけでわたしの心もゆらゆら揺れる

 これほど心を乱すのも

 これほど心を満たすのも

 愛らしいきみただひとり

 胸に秘めたこの想いを伝えたら

 きみは何と答えてくれるだろうか』」


 聞いているこちらの胸まで苦しくなるようなリオンハルトの静かな声音。


 さ、さすがジークフリート王子役を演じるリオンハルト……っ!

 演技が巧いだけあって、なんか聞いてるだけでどきどきして来るんだけど……っ! 破壊力がヤバい!


 ぱくぱくと騒ぐ心臓を片手で押さえながら、もう片手でなんとか停止ボタンを押す。


 その拍子につん、とポニーテールにまとめている髪の毛が引っ張られた感じがした。


 何だろうかと振り向くと――、


「きみの髪は、詩集に謳われる愛しの君と同じ金の髪だね」


 俺の髪をひと房持ち上げたリオンハルトが甘い微笑みをこぼし、ちゅ、と髪にくちづけた。


「っ!?」


 一瞬で、頬が熱くなる。


「な、なななななっ!? 何するんですか――っ!?」


 ばっ! とリオンハルトの手から髪を引き抜く。


 いきなりなんてことするんだよ、こいつはっ!?


「ちょっとリオンハルト!? オレには抱きつくなって言ったくせにズルすぎないっ!?」


 ヴェリアスが抗議の叫びを上げれば、ディオスも精悍な顔をしかめて、


「リオンハルト。今回ばかりはヴェリアスに全面的に同意するぞ」


 と重々しく頷く。エキューとクレイユも険しい顔で追随ついずいした。


「そうですよ! リオンハルト先輩、ズルいです!」


「ディオス先輩がヴェリアス先輩に同意するなんてよほどですよ。もう少し、自重してください」


 そうだそうだ! もっとガンガン言ってやれっ! ほんっと、油断も隙もねぇ……っ!


 全員に責め立てられたリオンハルトが神妙な顔つきで謝罪を紡ぐ。


「すまない。朗読するうちについ熱が入ってしまって……。申し訳なかった」


 深々と頭を下げられる。が、まさかここまで素直に謝られるとは予想だにしていなかった。


「いえっ、その……っ」


 勢いで責め立てちゃったけど、貧乏男爵令嬢が第二王子に謝罪させるなんて、実はマズかった!?


「えーとそのっ! 次からちゃんと気をつけてくださるなら、それでかまいませんから……っ!」


 あわあわと答えると、不意にリオンハルトが甘く微笑んだ。


「次のチャンスをもらえるなんて、嬉しいよ。ちゃんと次は気をつけよう」


 ぶわっ! とバックに咲き誇る薔薇の花の幻影が見えるようなまばゆい笑みに、ぱくんと心臓が跳ねる。


 うぉぉっ!? いきなり破壊力抜群な笑顔を向けてくんな――っ! 心臓に悪いわっ!


 いやっ、別に次のチャンスをやる気なんて、これっぽちもねぇからなっ!?


「あのっ、リオンハルト先輩! もう一回朗読したいので代わってもらえますか!?」


 ばくばく鳴る心臓をなだめていると、エキューが気負った様子でリオンハルトに声をかける。


「ああ、またせてすまなかったね。代わろう」


 リオンハルトがベンチから立ち上がり、エキューが座ろうとしたところで。


 きーんこーんかーんこーん。


 まもなく昼休みが終了することを告げる予鈴が鳴る。


「ええっ!? どうしよう……っ!? 朗読する時間が……っ!」

 エキューがおろおろと声を上げる。


「そうだ! 放課後にもう一度……っ!」


「だ、大丈夫! さっき読み上げてくれた詩で十分だから! これ以上、エキュー君に手間をかけても申し訳ないし……っ!」


 あわててぶんぶんとかぶりを振る。


 っていうか、放課後にエキューにお願いしたら、もれなくクレイユもついてきそうだし!


 俺はこれ以上、イケメンどもと関わるイベントなんざ起こしたくないんだよ――っ!


「ほんとに気にしないで! エキュー君のさっきの朗読、とても素敵だったもの! あれを使わないなんてもったいないわ!」


 読もうと思ってた詩をエキューに読まれちゃったのは困るけど、俺が別の詩を朗読すればいいだけの話だからな!


 言葉を尽くして説得すると、ようやくエキューが表情を緩めた。


「そう? ハルシエルちゃんに迷惑をかけちゃうけど、そう言ってくれるなら……」


「うん! 私は別の詩を朗読するから、ほんと気にしないで! さあ、午後の授業に遅れちゃダメだし、そろそろ行きましょう」


 エキューを促し、立ち上がる。


 生徒会メンバーがそろって遅刻なんてしたら、立場がないもんな。イゼリア嬢に呆れられるワケにいかないし!


 カセットデッキを持とうとすると、俺が動くより早く、エキューがさっと持ち上げた。


「ハルシエルちゃんの細腕じゃ重いでしょう? 隣の教室なんだし、せめてそこまで運ばせてよ。これくらいじゃ、お詫びにもならないけど……」


 ハルシエルの力でも、カセットデッキくらいそこまで重くはないけど、エキューってば優しいなぁ……っ!


「ありがとう。じゃあ、お願いするわね。先輩方も朗読してくださってありがとうございました」


 リオンハルト達にも深々と頭を下げる。


 おかげでイゼリア嬢にサプライズができます!


 展示を見に来てくださった時に、朗読のテープが流れたら、どんな表情を見せてくださるかなぁ……っ! 今から楽しみで仕方がないぜっ!


「きみのためならば、この程度のことは何でもないよ。素晴らしい展示になるといいね」


 リオンハルトが相変わらずまぶしい笑顔で口を開けば、ディオスが、


「ああ。もし他にも手伝えることがあったら言ってくれ。どんなことでも力になろう」

 と頼もしく申し出てくれる。


「そーそー。ハルちゃんのお願いだったら、オレも何だって聞いちゃうよ〜♪」


 ヴェリアスの口調は軽すぎて今ひとつ信用が置けないが……。


 っていうか、イケメンどもにはできる限り頼らねぇから! そんな気はこれっぽっちもないからっ!


「『白鳥の湖』の練習だけでも大変だろうに、クラスの展示も頑張っているんだな。無理をしていないか心配だ」


 生真面目な顔で告げたクレイユがずいと一歩踏み出す。


「前にも、練習に打ち込み過ぎて、倒れそうになったことがあるだろう? 次はそんなことにならないように、何かある時は、遠慮なくわたしに頼ってほしい」


 いやっ、あれはイゼリア嬢のお声を録音したテープを朝方までエンドレス再生してたせいで寝不足になっただけだから……っ!


 うっかりクレイユにお姫様抱っこで保健室まで運ばれたことまで思い出してしまい、かぁっと頬が熱くなる。


 わ――っ! 余計な記憶まで出てくんな――っ! あれは不幸な事故だったんだから! 衆人環視の中、お姫様抱っこされたことなんて、思い出したくもねぇ……っ!


 必死に脳内の記憶を追い払っていると、


「クレイユの言う通りだよ! ハルシエルちゃん、無理しないでね?」


 エキューがきゅるるんという擬態語が聞こえてきそうな愛らしい様子で顔を覗き込んでくる。


「だ、大丈夫! ほんと無理なんてしないから! ほら、遅刻しないように教室へ戻りましょ!」


 どきどきと騒ぐ心臓をごまかすように、イケメンどもを放って歩き出す。


 イケメンどもが紳士的なのはわかってるけど……。


 ほんっと、俺にはかまってくる必要はねぇからなっ!


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