308 その詩、いいわよね……っ!


「次は僕だね! え~とどれにしようかなぁ……」


 エキューもぱらぱらと詩集をめくっていく。


「よし、これに決めた! ハルシエルちゃん、ボタンは押してね!」


「うん。じゃあ、行くわね」


 あっさり読む詩を決め、小さく咳払いして喉の調子を整えたエキューに応じ、カチリと録音ボタンを押す。


「『きみは空飛ぶ白い鳥

 ぼくは翼を持たない林の木

 青空を優雅に舞うきみを目にするだけで

 羽のないぼくの心も舞い上がる

 きみにとってぼくは林の中の一本にすぎないけれど

 祈るように夢見ている

 いつかきみがぼくに気づいて

 ぼくの腕の中で羽を休めてくれる日が来ますようにと』」


 いつもの元気いっぱいなエキューとも、ほんわか癒し系なエキューとも違う、祈るような真摯しんしな声音。


 こんな一面も持っていたのかと、いまさらながら驚いてしまう。

 だが、何よりも俺の心を掴んだのは――。


「エキュー君! その詩……っ!」


 停止ボタンを押した俺は感動を隠せずエキューを振り返る。


「その詩、いいわよね……っ! 私もその詩が大好きなの……っ!」


 その他大勢じゃなく、いつか特別なひとりになりたいと願う詩の内容は、初めて読んだ時、どれほど共感したことか!


 俺だって、単なる生徒会メンバーの一員じゃなくて、いつの日かイゼリア嬢の親友と認めていただきたい……っ!


 そして、詩の中で『ぼくの腕の中で羽を休めてくれる日が』って謳われているように、俺に頼ってもらったり、俺が愚痴を聞いて慰めたりして、イゼリア嬢を癒やしてさしあげたい……っ!


「えっ!? ハルシエルちゃんもこの詩が好きなの!?」


 驚いたように目をみはったエキューが、次いで輝くような笑顔を見せる。


「そうなだったんだ……っ! ハルシエルちゃんと一緒の詩が好きだなんて、嬉しいなっ!」


 喜びが抑えられないと言いたげに、エキューが両手で俺の手をぎゅっと握る。女の子みたいに愛らしい顔立ちとは裏腹な骨ばった大きな手に、ぱくんと心臓が跳ねる。


「ハルシエルと好みが合致したのはエキューだったか……」


「なるほど、ハルシエル嬢の好みはこんな感じというわけだね。心に留めておこう」


「何の作為もなく、ハルシエル嬢の心を掴むとは、さすがエキューだな。わたしも次回の参考にさせてもらいます」


「くぅ……っ! このオレが負けるなんて……っ!」


 何やら周りのイケメンどもがうるさいが、あることに気づいてしまった俺はそれどころじゃない。


 どうしよう……っ!? まさか、朗読しようと思っていた詩がエキューとかぶるなんて予想もしていなかったから、俺が朗読する詩がなくなっちゃった!?


 うーん……。同じ詩を読むのは芸がないし、やっぱり違う詩を選ぶしかないか……?


「どうししたの? ハルシエルちゃん?」


 急に黙ってしまった俺の顔をエキューが心配そうに覗き込む。


「ううん。実は私もエキュー君と同じ詩を朗読しようと思っていたから、どうしようかなって悩んじゃって……」


「えっ!? ごめん、ハルシエルちゃん! 僕のせいで……っ!」


 俺の言葉にエキューが目を見開いてあわてる。


「ううん。気にしないで。他の詩を選ぶだけだもの。素敵な詩集だから、朗読したい詩の候補はたくさんあるし!」


 イゼリア嬢への崇拝をうたったものとか、憧れを謳ったものとか、幸せを願う詩とか! 読みたい詩はまだまだたくさんあるもんな!


「でもハルシエルちゃんのお気に入りの詩を取っちゃったなんて悪いよ! 別の詩を朗読し直したほうが……」


「では、ひとまずわたしの朗読まで終わらせて、時間が余ったら録音し直すというのはどうだい?」


 おろおろと詩集をめくろうとしたエキューを穏やかに諭したのはリオンハルトだ。リオンハルトの提案にエキューが素直に頷く。


「わかりました! リオンハルト先輩が朗読されている間に、他にいい詩がないか思い出しておきます!」


 俺の手を放して素早く立ち上がったエキューと入れ代わりに、リオンハルトが俺の隣に座る。


 ラストはリオンハルトか……。


 っていうか、いい加減、自分達で録音ボタンを押せよ! なんで俺が隣でいちいち押さないといけないんだよっ!


 俺が不満をぶつけるより早く。


「いいかな?」

 迷いなく詩集を開いたリオンハルトが口を開く。


「は、はい」


 反射的に頷いてから、しまった! と思うが、もう遅い。


 っていうか……。イケメンどもは全員、あっさり朗読する詩を決めてるけど、これってってなかなかすごいよな。


 イゼリア嬢と話をしたいがために何度も読んでる俺でも、急に朗読しろって言われたら絶対に迷うのに……。


 実はみんな、朗読会を楽しみにして読み込んでたんだろうか……?


「いきますね」


 かちりと録音ボタンを押すと、すぐ隣からリオンハルトの美声が流れてきた。


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