男なのに乙女ゲームのヒロインに転生した俺の味方は、悪役令嬢だけのようです ~ぐいぐい来すぎるイケメン達にフラグより先に俺の心が折れそうなんだが~
307 なんで俺が録音ボタンを押さないといけないんだよ!?
307 なんで俺が録音ボタンを押さないといけないんだよ!?
ばくばく騒ぐ心臓を制服の上から押さえ、動けないでいると、横から伸びてきた手がカチリと停止ボタンを押した。
「次はわたしが朗読します。ヴェリアス先輩。さっさとどいてください」
銀縁眼鏡の奥の蒼い瞳をすがめ、ヴェリアスを鋭く睨みつけたのはクレイユだ。
「え~っ、クレイユはそこで立って読めば?」
「それはずるいと思います!」
険しい顔のエキューが、ヴェリアスの腕を掴んでぐいぐいと引っ張る。
「エキューの言うとおりだぞ」
ディオスも加勢し、ヴェリアスが哀れっぽい声を上げながら無理やりベンチから引きはがされる。
よし、俺も今の隙に――、
「どこに行くんだ? きみがいないと録音ボタンを押す役がいないだろう?」
立ち上がろうとした俺の腕を、隣に座ったクレイユが掴んで引き留める。
「えっ!? クレイユ君が自分で押したらいいじゃない!」
「きみのほうが慣れているだろう。わたしは詩集を持っているんだし。ほら、早く」
有無を言わさぬ口調で要望され、仕方なく押すと、すぐ隣から、クレイユの静かな声が聞こえてきた。
「『誰がわたしの本当の姿を知っているというのだろう。
地位も功績もわたしを飾るもののひとつに過ぎぬ。
わたしの真実を知るのは
貴女の瞳に見つめられるだけで、わたしはすべてをさらけ出してしまうのです。
この胸に宿る狂おしい恋心とともに』」
この詩って……っ!?
驚きに息を呑んでクレイユを振り返ると、ずいっとクレイユが俺に身を乗り出してきた。
「っ!?」
間近に迫った整った面輪に、反射的に目をつむる。と。
「停止ボタンを押したぞ。……どうしたんだ?」
「なっ、何でもないの!」
び、びっくりした――っ! なんだよっ、乗り出してきたのは俺を挟んで向こうにあるカセットデッキの停止ボタンを押すためかよっ! 心臓に悪すぎるぜっ!
俺は我に返ってぶんぶんぶんとかぶりを振る。
まさかシャルディンさんと同じ詩をクレイユが選ぶなんて思ってなかったから、本気でびっくりしたぜ……っ!
思わず固まってクレイユを見つめちゃったもんな!
「はいはい! 終わったんだからクレイユもどいたどいた!」
さっき追いやられた腹いせか、ヴェリアスが邪険にクレイユを追い立てる。
「さっ、次は誰が読む?」
「では、俺が朗読しよう」
名乗りを上げたのはディオスだ。
「ハルシエル。録音ボタンは頼んだぞ」
いやだから自分で押せよ!
と、思うものの、いつも助けてもらっているディオスに頼まれると嫌だとは言いにくい。さっきもヴェリアスの魔の手を防いでもらったばっかりだし。
「わかりました……。ディオス先輩が読む詩は決まりましたか?」
ぱらぱらと詩集をめくるディオスに尋ねると、中ほどのページを開いたディオスが柔らかな笑顔で頷いた。
「ああ、大丈夫だ」
「では押しますね」
ひとこと断ってから、カチリと録音ボタンを押す。
「『はらはらと降り落ちる雪のように
愛しいきみとの思い出も積もればいい
どんなささいなやりとりも
どんな小さな微笑みも
それがきみとのものであれば消して消えることはない
そして叶うならば
雪解けの野に草木が芽吹くように
わたしの恋の花も
いつか咲く日が来ますように』」
まるで祈りを捧げるように、ディオスの低い声が言葉を紡ぐ。
ふだんの精悍な印象のディオスとは異なる甘い声音に思わず聞き惚れていた俺は、はっと我に返ってあわてて停止ボタンを押した。
「さすがディオス先輩! 何をしてもそつなくこなされるんですね!」
そういえば体育祭の応援合戦の演技も上手だったもんな~!
『白鳥の湖』の通し稽古の時に見た演技も気合いが入ってたし、文武両道なだけじゃなく、性格もいいし演技も上手だなんて、ディオスってばほんと非の打ち所がないよなぁ~。尊敬しちゃうぜ!
「そうだろうか……。少しでもきみに喜んでもらえたらいいんだが」
ディオスが精悍な面輪をうっすらと染める。硬派なディオスは人前で恋愛詩集を読むのは少し恥ずかしかったのかもしれない。
「はい! 助かります! ありがとうございました!」
笑顔で礼を言うと、珍しくディオスが破顔した。
目の前で炸裂した嬉しくてたまらないと言いたげな笑顔に、俺の鼓動も思わず跳ねる。
「ほ、本当に、ありがとうございます……」
や、やばい……っ! 鏡を見なくても、自分でも顔が赤くなっているのがわかる。
い、いや別に、ディオスにどきどきしてるってわけじゃないから! ほ、ほらっ! ディオスって理想の男性像に近いし……っ! そういう理由だからっ!
「ほらほら! ディオスも終わったら次のメンバーと代わる! 昼休みが終わっちゃうじゃん!」
ぱんぱん! と両手を叩いてヴェリアスがディオスを促す。
「あ、ああ」
ベンチを立ったディオスに代わって、次に隣に腰かけたのはエキューだ。
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