304 昼休みの遭遇
昼休み、校内の人気のない木陰のベンチで、俺は隣にカセットデッキを置き、手には『ラ・ロマイエル恋愛詩集』を持って、心を落ち着かせるべく深呼吸を繰り返していた。
ううう、クラスメイト達に頼まれて引き受けたのはいいものの、どうにも緊張するぜ……っ!
でも、ふだんはどうしても生徒会のほうが優先になっちゃうから、クラスの展示にはあんまり関われていないもんな……。
クラスメイト達の頼み事くらい、きっちりこなさないとなっ!
で、素晴らしい展示にしてイゼリア嬢にお褒めのお言葉をいただくんだ~っ!
よーし! そのためにも……っ!
こほん、と小さく咳払いして、カセットデッキのスイッチを押そうとして――、
「ハルシエル嬢、こんなところにいたのか?」
「ハルシエルちゃん、こんなところでどうしたの?」
「わぁっ!?」
突然、木陰から顔を出したクレイユとエキューに、思わずすっとんきょうな叫びが飛び出す。
「び、びっくりした……っ!」
「ご、ごめん、ハルシエルちゃん! 驚かせるつもりはなかったんだけど……っ!」
ばくばくと鳴る心臓を押さえる俺に、エキューがあわてて謝罪する。
しょぼんと肩を落とす様はしっぽと耳を垂らしたわんこみたいだ。こんなエキューを見たら、怒ることなんてできない。
「ううん。まさかエキュー君達が来るとは思わなくて、ちょっと驚いただけだから大丈夫。それより、どうかしたの?」
クレイユとエキューを見上げて問いかける。
「ああいや、きみがカセットデッキを持って、人目をはばかるように歩いていたから、妙に気になってしまって……」
気まずそうに口を開いたクレイユに続き、エキューが、
「ねぇねぇ、ハルシエルちゃん。何をしていたの!?」
と好奇心に明るい緑の目を輝かせて尋ねてくる。
さっきとは打って変わって、ぶんぶんと振ってるしっぽの幻影が見えそうだ。ほんと、エキューってば、男子高校生とは思えないくらい可愛いよなぁ~。
「えっと……」
答えようとした瞬間、ふたたびがさりと茂みが揺れる。姿を現したのは。
「クレイユ、ここにいたのか。招待状の件で少し確認したいことがあるんだが……」
「エキュー。運動部のことで少し話があるんだが、いいか?」
連れ立って歩いてきたリオンハルトとディオスだった。
ベンチに座る俺に気づいた二人が、驚いたように目を
「やあ、ハルシエル。こんなところでどうしたんだ? 今日は天気もいいし、ひなたぼっこでもしていたのか?」
「天使が木陰でひと休みしているのかと思ったよ。愛らしいハルシエル嬢とも会えるなんて、わたしは運がいいね」
おいっ! ディオスはともかくリオンハルト――っ! 開口一番砂糖をぶっこんでくるんじゃねぇ――っ!
もうマーサさんのデザート付きのお弁当を食べたから! これ以上の糖分はもういらないからっ!
っていうか、どんどんイケメンどもが集まってきてるじゃねーかっ!
「リオンハルト先輩とディオス先輩が探してらっしゃったのはクレイユ君とエキュー君なんですよね? お邪魔しては申し訳ないので、私はこれで……」
ここにいたらどんな突発イベントが起きるかわからねぇ……っ! こんな危険地帯からは、さっさと離脱するに限る!
開いていた詩集を閉じ、カセットデッキを持って立ち上がろうとすると、あわてた様子の四人に止められた。
「いや、ハルシエルを追いやる気なんてまったくないんだ!」
「そうだよ、ハルシエルちゃん! ぼく達に気を遣わないで!」
ディオスとエキューが身を乗り出すように言ったかと思うと、クレイユも、
「そうだ。きみを追いやったりしたら、申し訳なさすぎる」
と真剣極まりない表情で口を開く。にこやかな笑顔でなだめるように告げたのはリオンハルトだ。
「三人が言う通りだよ、ハルシエル嬢。それほど急ぎの用ではないから、安心してほしい。きみの気遣いは嬉しいが、迷惑をかけては申し訳ないからね」
いやっ、むしろイケメンどもに囲まれてるのが迷惑なんだけどなっ! これがイゼリア嬢だったら
とはいえ、さすがに面と向かって口には出せない。
っていうか、こんなにイケメンどもが集まってるとなると嫌な予感が……。
警戒に身を強張らせた俺の耳が、葉が鳴るかすかな音を捉える。
バッ、と俺が振り返ったのと、
「ハ~ルちゃん♪」
とベンチの後ろの茂みからヴェリアスが立ち上がったのがほぼ同時だった。
「っ!?」
警戒していたものの、とっさに動けない俺に、ヴェリアスが抱きつこうとする。が――、
「おいっ!?」
さっと大きく踏み出したディオスが、すんでのところでヴェリアスの腕を掴んで阻止する。
うぉおおっ! あっぶなかったぁ――っ!
ありがとうディオス! さすがの運動神経っ! 運動音痴のハルシエルじゃあ、やっぱり一歩反応が送れるんだよな……。
本気で助かった!
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