303 イゼリア嬢のおそばで見学させてくださいっ!


「え〜っ! クレイユはどう考えても気難しいよねぇ?」


 急に割って入ってきたのはヴェリアスだ。


 おいっ! お前まで話に入ってくるんじゃねぇっ! いつまでもイゼリア嬢のところに行けないじゃねぇか!


「ですから。気難しくなんてないと言っているでしょう? ヴェリアス先輩まで何をおっしゃるんですか?」


 銀縁眼鏡の奥のクレイユの目が細くなる。


 ってゆーか、この反応……。


「うわー……。どーするハルちゃん? クレイユ、自覚ナイみたいだぜ?」


「……さすがにこれは予想外でした……」


 こそっと囁いたヴェリアスに、思わずふつーに答えてしまう。

 いやだって、まさか自覚してないとは思わないだろ――っ⁉


「まぁ確かに、クレイユは昔から自分の感情に無頓着むとんちゃくなところがあるケドさ……」


 ヴェリアスが昔を思い出すような声音で呟く。


 言われてみれば、これまでの言動を思い出すに、クレイユって人の心の機微にうといところがあるよなぁ。


「何ですか? 二人してまじまじと人の顔を見て」


 クレイユがわけがわからないと言いたげな顔で俺とヴェリアスを見返してくる。


 うんっ! これはほんとにわかってないなっ!


 ……まさか、ホントに自覚がなかったとは……。


 っていゆーか、クレイユのことはどうでもいいんだよっ! 俺はイゼリア嬢と……っ!


 ヴェリアスとクレイユの間に微妙な沈黙が落ちた隙を逃さず、そっと二人の間から後ずさる。


 そそそ、と忍者になりきるように気配を消して、イゼリア嬢の隣へ移動し。


「イゼリア嬢の演技はやはり素晴らしいですね! なかなか前半を見る機会がなかったんですけれど……。清楚で可憐なオデット姫は、やはりイゼリア嬢以外は考えられませんねっ!」


「ひゃっ!?」


 突然、声をかけた俺に驚いたのか、集中してリオンハルト達の演技を見ていたイゼリア嬢が、小さな悲鳴を上げて肩を震わせる。


 さすがイゼリア嬢……っ! 悲鳴さえも可憐ですっ!


「なんですの!? 驚かせないでくださる!?」


 きっ、と俺を振り返ったイゼリア嬢がアイスブルーの瞳をすがめる。


 きゃ――っ! クールなイゼリア嬢も素敵です~っ! もっと俺を見てください~っ!


「す、すみません……っ!」


 心の中で歓喜の叫びを上げつつ、しゅんと肩を落として詫びる。

 でも、声をかけただけなのに、こんなに驚かれるなんて……。


「イゼリア嬢は、本当に集中してリオンハルト先輩達の演技を見てらっしゃるんですね!」


 感嘆の声を上げた俺に、イゼリア嬢がつんと鼻を上げる。


「当たり前でしょう! 他の方の演技を見るのも勉強になりますもの!」


「なるほど! さすがイゼリア嬢ですねっ! 私もお隣で見学させてくださいっ!」


 勢い込んで頼むと、イゼリア嬢の細い眉が迷惑そうに寄った。


「オルレーヌさん。あなた、静かに見られますの……?」


「もちろんです!」

 気合いを込めて即答すると、イゼリア嬢の眉がますます寄る。


「本当ですの……? すでにうるさいのですけれど……」


「す、すみませんっ!」

 あわてて両手で口をふさぐ。


「静かにしていますから、どうか……っ!」


 イゼリア嬢と話しているんだと思うと、つい気合いが入って声が大きくなっちゃったぜ……っ!


 ふごふごと不明瞭な声になってしまったが、ちゃんと通じたらしい。イゼリア嬢が仕方なさそうに吐息する。


「わざわざ、わたくしの隣に来る必要なんてなかったと思いますけれど……。お好きになさったら」


「はい! そうさせていただきます! ありがとうございます!」


 囁き声でお礼を言い、ぺこりと頭を下げる。が、その時にはイゼリア嬢はもう、リオンハルト達のほうに視線を戻していた。


 じっとリオンハルト達を見つめるイゼリア嬢のまなざしは、まばたきすら惜しむように真剣そのもので。熱がこもっているのが見ただけでわかる。


 ああっ! 真剣なイゼリア嬢の横顔のなんてお美しいこと……っ! 何事にも生真面目に取り組むイゼリア嬢の崇高さは、どれほどの賛辞を捧げても足りません……っ!


 やっぱり、ヴェリアスとクレイユは放っておいて、おそばに来てよかった……っ!


 リオンハルト達なんてどうでもいいから、イゼリア嬢のこの横顔をじっくりしっかりすぐ近くで見たかったんです……っ! こんな風に出番のないシーンでイゼリア嬢とおしゃべりできるなんて、やっぱり通し稽古最高っ! 素晴らしすぎるっ!


 リオンハルト達の演技をしっかり見て勉強しようだなんて、イゼリア嬢の熱心さにはほんと、頭が下がりますっ!


 というわけで、俺は麗しいイゼリア嬢の横顔を見つめてやる気を充電しますねっ!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る