301 仕方がない。しっかり見張ろう
俺と視線が合ったエキューが、あわてたようにふるふるとかぶりを振る。
「ち、違うんだよっ。その……。ハルシエルちゃんに勉強を教えてあげられない自分が不甲斐なくて、情けなくて……」
「? あっ、そっか。誰かに教えたほうが、先生役も理解が深まって勉強になるって言うものね! じゃあ、エキュー君。私と一緒に教え合いっこして勉強する?」
「えっ!? いいのっ!?」
ぱぁああっ! とエキューが雨上がりの空みたいに輝くような笑顔を浮かべる。
「ええ、もちろん!」
ディオスとヴェリアスに挟まれて勉強するくらいなら、エキューと一緒に勉強したほうが百倍マシだもんなっ!
ほんとエキューってば、男子高校生とは思えないくらいに可愛いぜ……っ!
「『白鳥の湖』の稽古が始まってから、エキュー君とは出番がほとんどかぶってないせいで、最近、ろくにおしゃべりできていないもの。せっかくの機会だから、一緒に勉強しましょ」
「ありがとうっ、ハルシエルちゃん! 僕、嬉しいな……っ」
エキューがぽっと頬を染めて、嬉しくてたまらないと言いたげなまなざしで俺を見る。
か、可愛い……っ! さすが癒し担当!
いやっ、もちろん俺にとっての至高はイゼリア嬢一択だけどなっ!
いくらエキューとはいえ、男子高校生の笑顔にときめいちゃうなんて……っ! 違うんですっ、イゼリア嬢! 誤解しないでくださいっ!
思わず祈るような気持ちでイゼリア嬢を見たが、イゼリア嬢はすでに教科書やノートを開いて、リオンハルトと勉強を始めている。
さすがイゼリア嬢! ゲーム内では悪役令嬢なんて言われていますけれど、実は真面目で努力家なところも素敵ですっ! 尊敬しちゃいますっ!
よーっし! 俺もイゼリア嬢に負けないように、エキューとしっかり勉強を……。
「え~っ! ハルちゃんってばエキューと勉強するの~? オレと一緒に勉強しようよ~っ!」
ヴェリアスが情けない声を上げて
「ヴェリアス先輩はディオス先輩やクレイユ君と勉強したらいいじゃないですか。二人とも真面目ですから、きっとヴェリアス先輩がさぼろうとしたら、びしばし指摘してくれますよ。よかったですね」
「えぇぇ~っ! そんなの全然楽しくないじゃんっ!」
ヴェリアスが不満そうに唇をとがらせる。が、手加減なんてしてやるつもりはない。
「試験勉強なんですから、そもそも楽しいものじゃないでしょう。じゃあ、私はエキュー君と頑張るので、絶対に邪魔しないでくださいね! ディオス先輩、クレイユ君。ヴェリアス先輩が余計なことをしないように、見張りはお任せしました」
「……仕方がない。ハルシエルの頼みというのなら……」
「ハルシエル嬢とエキューのために、引き受けよう。その代わり、エキューの勉強を見るのは頼んだぞ」
はぁぁっ、とディオスとクレイユが同時に深々と溜息をつき、わざわざ立ち上がってヴェリアスを両側から挟み込んでくれる。
「えっ!? ディオスもクレイユもマジでっ!? 本気でオレと勉強するつもり!? いやぁ~。オレ、男二人に挟まれて勉強するのはどどーんとヤル気がそがれるんでちょっと……」
顔を強張らせながら椅子を引こうとしたヴェリアスの腕を、ディオスとクレイユが片方ずつ、がしっと掴む。
「うむ。これはハルシエルが言うとおり、他のメンバーの勉強の邪魔をしないよう、しっかり見張っておく必要があるな」
「まったくもってそのとおりですね。ハルシエル嬢に頼まれましたし、エキューのためにも、わたしとディオス先輩でヴェリアス先輩をしっかり見張りましょう」
ディオスとクレイユが顔を見合わせ、しっかりと頷きあう。情けない声を上げたのはヴェリアスだ。
「ちょっ!? 二人まで『見張る』って言うのヒドくないっ!? オレが何したって言うんだよ――っ!?」
「放っておくと何かしでかしそうだから見張るんだろう?」
「予防ですよ。ご不満ならふだんの行いをあらためてください」
「ひどっ! 二人ともオレを危険人物か何かだと思ってないっ⁉ ハルちゃん、エキュー、助けて〜っ!」
「どう考えてもヴェリアス先輩の自業自得でしょう。ディオス先輩、クレイユ君、ありがとうございます」
あっさりと俺が言えば、エキューも、
「すみません、ヴェリアス先輩……。ぼくしっかり試験勉強しないと点数が危ないので……」
と申し訳なさそうに頭を下げる。
「そんな……っ! みんなオレを見捨てるワケ!?」
ヴェリアスが
俺は助けてやる気はまったくないし、エキューも助けないみたいだし、ディオスとクレイユは見張る気満々だし……。
イゼリア嬢とリオンハルトは真面目に勉強を始めてるから、どこからも助けの手は差し伸べられないと思うぞ……。
集中して真面目に勉強なさっているイゼリア嬢の横顔も麗しいですっ! 女神様ですっ!
何より、腐女子大魔王の姉貴がめちゃくちゃイイ笑顔でヴェリアス達三人をによによ見てるからな……。
あれはたぶん、
「ディオスとクレイユがヴェリアスを間に挟んでなんて……っ! これは新しい組み合わせっ! ふらふらと軽薄なヴェリアスに翻弄される誠実なディオスと真面目なクレイユ……っ! 「ヴェリアスが本当に心を寄せているのはどっちなんだ……っ!?」って悩むとかおいしいっ! おいしすぎるシチュエーションだわ……っ!」
と脳内で萌え散らかしてるに違いねぇ……っ! 我が姉ながら、なんて恐ろしい妄想力……っ!
うん! でも姉貴とヴェリアスが大人しくしてるってことは、穏やかに試験勉強ができるってことだもんなっ! 平和って素晴らしいっ!
「ねぇ、ハルシエルちゃん。数学のこの問題教えてもらっていい……? この問題はこの数式を使ったらいいのかな……?」
「えーっとね。これは……」
まだ情けない声でヴェリアスぶつぶつ言っているヴェリアスにかまっている暇なんかない。
きゅるん、と音が聞こえてきそうな可愛さでおずおずと尋ねてくるエキューに向き直り、俺は真面目に試験勉強を始めた。
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