302 待ちに待った通し稽古開始!
俺、生きててよかった……っ!
文化祭まであと約半月。今日から通し稽古が始まった四階の空き教室で、俺は心の底から神様に感謝していた。
イゼリア嬢のオデット姫をついにこの目で見られる日が来るなんて……っ!
教室の前半分、舞台部分として床にテープを貼って区切られた場所では、いまはイゼリア嬢演じるオデット姫と、リオンハルト演じるジークフリート王子が演技をしている。ちょうど今はジークフリートとオデット姫が湖で出会うシーンだ。
『プロープル・デュエス』のジョエスさんが持ち帰った衣装はまだできあがっていないので、全員制服姿だが、一度衣装を着られたイゼリア嬢のお姿を目に焼きつけた俺に死角はないっ!
見える! 見えるぞっ!
俺の目にはオデット姫の純白のドレスを纏った可憐なイゼリア嬢の姿がばっちり見える!
ふぉおおおっ! 素晴らしい……っ! 世界が輝いて見える……っ!
いやもちろん一番輝いているのはイゼリア嬢だけどっ! 太陽以上にまぶしくてサングラスが必要なレベルだけどっ!
ってイゼリア嬢を見つめられる機会を無駄になんてできるか――っ!
俺の脳内レコーダーにイゼリア嬢の一挙手一投足を! 台詞のすべてを刻みつけさせていただきますっ!
まばたきも忘れ、イゼリア嬢に見惚れていると、俺の隣に並んで出番待ちしていたクレイユから声をかけられた。
「ずいぶん、熱心に見ているんだな」
「当たり前でしょう! せっかく通し稽古が始まったんだから、しっかりばっちり見ておかないとっ! というか、今すごく集中しているから、静かにしてもらっていい?」
稽古の邪魔にならないよう、小声で話しかけてきたクレイユに俺も早口の小声で返す。
っていうか
いやぁ、楽しみにしすぎて、危うくテスト勉強にも身が入らないところだったぜ……。
イゼリア嬢に呆れられるわけにはいかないから、今回の中間テストもきっちり一位を獲ったけどなっ!
一学期の期末テストの時には調子を崩して順位を落としたクレイユも、今回は一位に返り咲いて、俺とクレイユが同点一位だった。
ちなみにイゼリア嬢は二位で、並んで書かれたハルシエルの名前とイゼリア嬢のお名前に俺が歓喜したのは言うまでもない。
もう、許されることなら順位が発表された紙に相合い傘を書き入れたかったぜ……っ!
でも中間テストも終わったし、文化祭の準備も招待状の発送も済ませたし、設営も着々と進んでいるし……。
あとはクラスの展示を完成させるのと、本番で『白鳥の湖』の舞台を成功させるだけ!
イケメンどもがついてくるのは邪魔だけど、イゼリア嬢が一年B組の展示を見に来てくださることになったからな!
これはもう手を抜けないぜっ! 当日は俺が手ずからイゼリア嬢を案内して、『ラ・ロマイエル恋愛詩集』をネタに盛り上がるんだ〜っ!
それにしても、イゼリア嬢の演技の素晴らしさ……っ! これはもうアカデミー賞主演女優賞確定じゃねっ⁉ この世界にアカデミー賞はないだろうけど!
ああっ、拝見しているだけで心が洗われてゆく……っ!
クレイユの存在を無視してイゼリア嬢に集中しているうちに、
イゼリア嬢が舞台袖に引っ込み、代わって登場したのはジークフリート王子の友人役であるディオスとエキューだ。
イゼリア嬢の出番が終わったので、俺も思わずほっと息をつく。
さぁ! ひとまず登場シーンが終わったイゼリア嬢をねぎらって褒めたたえて……。
「本当に、この脚本は見事だな」
俺の機先を制するように、クレイユがふたたび口を開く。
「ディオス先輩やエキューのシーンは完全にオリジナルな追加だというのに、そうとは思えないほど自然だ。きっと、ひとかどの人物が書かれたたんだろうな」
おいクレイユ! 俺はイゼリア嬢のところへ行きたいんだから邪魔すんなっ!
おしゃべりしたいんなら暇そうにしてるヴェリアスとしてろ!
が、無視するわけにもいかず仕方なく応じる。何より、ジャルディンさんの脚本が褒められるのは、話を持っていった俺だって嬉しいからな!
「そうでしょう⁉ 気難しいクレイユ君ですらそう言ってくれるなら、観客のみんなだって感動してくれるに違いないわよねっ!」
そう! そして高まるオデット姫を演じたイゼリア嬢の名声……っ! 見える! 見えるぜっ! スタンディングオベーションでイゼリア嬢に万雷の拍手喝采を送る観客の姿が……っ!
「……別にわたしは気難しくなどないが」
俺の言葉にクレイユが不満そうに返す。
いやっ! どう考えてもお前は気難しい性格だから! 気難しい奴ほど「気難しくない」とか言うんだよっ! ちゃんと自覚しとけ⁉
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