299 どんなに素敵か、オレが耳元で囁いてあげよっか?


「そ、そうかしらっ⁉ 変じゃなかったらいいんだけど……っ!」


 あせあせと答えると、ヴェリアスが割り込んできた。


「ハルちゃんってば不安なの? じゃあ、自信がつくまで、ハルちゃんの黒鳥オディールがどんなに素敵か、オレが耳元で囁いてあげよっか?」


 くすりと笑みをこぼしたヴェリアスが、俺に顔を寄せてくる。


 いらねーよっ! そんな気遣い――っ!


「結構です! 言葉の軽いヴェリアス先輩に言われても信じられませんから!」


 衣装を傷つけないように気をつけつつ、ぐいぐいと押し返すとヴェリアスが唇をとがらせた。


「え〜っ! ハルちゃんってばヒドくないっ⁉ オレはいつだって真剣そのものなのに!」


「そもそもその言葉自体がうさんくさいんですよ!」


「では、わたしならばよいか?」


 ヴェリアスに対抗するようにクレイユがずいと身を乗り出してくる。


 いやっ、誰ならいいって話じゃないしっ! 俺が認めていただきたい相手はイゼリア嬢ただおひとりだっての!


 っていうか、両側からぐいぐい寄ってくんな――っ!


 助けを求めて周りを見回すと、ジョエスさんと視線が合った。


 生徒会の他の面々が絡んでこないなと思っていたら、リオンハルト達は、お姉さん達にきついところや動きにくい箇所がないかどうか個別に聞き取りされている。


「いかがでございましょう? ハルシエル様。お気に召していただけましたか?」


「はいっ! とっても素敵な衣装をデザインしていただきまして、本当にありがとうございます!」


 もちろん俺の衣装じゃなくて、イゼリア嬢の可憐極まるオデット姫の衣装も含めて!


 逃げるが勝ちだとヴェリアスとクレイユの間から身を引き、足早にジョエスさんのそばへ向かう。


 ヴェリアスもクレイユも、張り合いたいんなら二人だけでやってろ!


「ハルシエル様にお喜びいただけて、たいへん光栄でございます。どうでございましょう? お召になられて、気になられる点や不快感を覚えられる箇所などございませんか?」


「えっと……。特には何も……」


 身体をひねってドレスのあちこちを見てみるが、さすが王室御用達服飾店のオートクチュール。ハルシエルの体型にぴったりだ。


「足さばきについてはいかがでございましょう? 演技のお邪魔にならぬよう、軽めで足にまとわりつきにくい素材を使用したのですけれども……」


 さすがジョエスさん! そんなところまで気を遣ってくれてるのか!

 確かに、舞台が広いからあちこち動くもんな。


「はい、大丈夫です!」


 答えながら、イゼリア嬢の様子はどうだろうと視線を向ける。


 同じことを確認されているんだろう。お姉さんのひとりとにこやかに話しているイゼリア嬢は、輝くばかりに美しくて……っ!


 ありがとうございますっ! 眼福ですっ!


 俺、衣装を着ての練習が始まったら、イゼリア嬢のお姿に見惚れずにちゃんと演技ができるんだろうか……。


 正直、不安で仕方がない。


 よしっ! これは俺の心が平静を取り戻すためにも、じっくりしっかりばっちりイゼリア嬢の麗しのお姿を目に焼きつけないとなっ!


 見慣れてきたら、きっとどきどきしつつもちゃんと演技できるハズ!


 そのためにも今からじっくり……。


「問題がないようでしたら、二着目のドレスの試着にまいりましょうか!」


「……え?」


 イゼリア嬢に熱視線を送っていると、俺のドレスをためつすがめつ確認していたジョエスさんが、明るい声を上げる。


「二着目、って……?」


「黒鳥オディールには、オデット姫の姿に変身して、オデット姫の代わりに舞踏会に出るシーンがございますから! そのシーン用のドレスの試着ですわ!」


 えぇっ⁉ 舞踏会のシーンのためだけにもう一着ドレスを⁉


 いま着てるドレスだけでも、どれほどのお金と手間がかかってるのか、想像もつかないっていうのに……っ!


 っていうか、あの、俺の希望としては、イゼリア嬢のドレス姿を一秒でも長く見つめていたいんですけれど……っ!


「ハルシエル嬢はもう一着ドレスがあるのかい? それは見るのが楽しみだね。舞踏会のシーンのドレスということは、わたしと踊るシーンで着るドレスだろう? ヴェリアスやクレイユだけではなく、わたしとも並んでみた印象をぜひ見てみたいな」


 試着は後にしませんかと俺がジョエスさんに提案するより先に、リオンハルトが口を挟んでくる。


「そうですよね! リオンハルト様もごらんになられたいですよね!」


 我が意を得たりおとばかりにジョエスさんが大きく頷く。


 おいっ、リオンハルト! 余計なことを言うんじゃねぇ――っ!


「さあ、ハルシエル様! まいりましょう!」

「えっ、あの……っ⁉」


 戸惑う俺の手を取り、恭しく、けれど有無を言わさぬ様子でジョエスさんが引っ張って行く。


 試着なんて後でいいですからっ! 俺はイゼリア嬢のドレス姿をもっとずっと見続けていたいんです――っ!


 その思いを口に出すこともできず、俺はジョエスさんにうながされるままに、泣く泣く生徒会室を後にした……。


 

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