298 ……こ、これが……、私?


「ちょっと! 二人とも離れてくれますっ!? 私、まだ自分の姿をちゃんと見られてないんですけどっ!」


「これはこれは失礼いたしました! ハルシエル様、こちらへどうぞ!」


 俺の言葉にジョエスさんがあわてて俺に手を差し伸べてくれる。ヴェリアスとクレイユの間から脱出しようと、俺は即座にジョエスさんの手を掴んだ。


「こちらでございます!」


 とジョエスさんが弾んだ声で壁際に立てかけた全身鏡の前に案内してくれる。どうやら衣装と一緒にお姉さん達が生徒会室に持ち込んだらしい。


 大きな鏡に俺の――というか、黒鳥オディールの衣装を着たハルシエルの姿が映る。


 黒い衣装と対象的な抜けるように白い肌。長い金の髪は大人っぽくサイドで編み上げられていて、ワンショルダーと相まって首の細さがさらに際立つ。戸惑いを宿す珍しい紫の瞳は、衣装の効果か蠱惑的こわくてきにきらめいていて……。


「……こ、これが……、私?」


 思わず、そんな言葉が飛び出してしまう。


 いやホント衣装の効果ってすごくない? 乙女ゲームのヒロインのハルシエルがこんな艶麗な悪役に変わるなんて……っ! びっくりだよ!


 と、不意に鏡にハルシエル以外の姿が映る。


「もちろんハルちゃんだよ~♪ ナニ? 自分の変わりように驚いちゃった?」


「衣装ひとつでこんなに印象が変わるとは、本当に驚きだ」


 俺を挟んで口々に言うのは、案の定、クレイユとヴェリアスだ。


 だーかーら――っ! 二人ともいちいち俺に寄ってくんな――っ!


 確かに、大きな鏡に映る三人の姿は、それがヴェリアスとクレイユだとわかっていてさえ、思わず見惚れてしまいそうなほどの魅力がある。


 身体の線に沿ったシャープなシルエットのクレイユ衣装と、同じくすっきりしたラインのオディールのドレスはおそろいみたいな印象だし、対して豪奢ごうしゃなロットバルトの衣装を纏うヴェリアスと並ぶと、オディールの艶麗さが際立ち、ラスボスにふさわしいロットバルトの強大さが感じられるデザインになっている。


 ジョエスさんってば、ほんとにすげ――っ! 七人分の衣装をデザインしつつ、さらに並んで立った時の印象まで考えているなんて!


 隣に立っているのがヴェリアスとクレイユだということも忘れて、思わずまじまじと鏡に見惚れてしまう。


 衣装だけでもこんなに素敵なのに、実際に大道具もしつらえられた舞台に立ったら、いったいどれほど華やかだろう。


 きっと、観客の目もみんな釘づけになるに違いない。


 今まで、イゼリア嬢のオデット姫がどうしても見たくてがむしゃらに頑張って来たけど、そもそも文化祭の劇は、学校の代表である生徒会として、全校生徒と来賓者を楽しませるためのものだ。


 こんな素敵な衣装を作ってくれたジェイスさんの思いに応えて、劇を成功させて観客を楽しませたいという気持ちがむくむくと湧いてくる。


「どうした?」


 無言で鏡を見ている俺を不思議に思ったのか、クレイユが尋ねてくる。


「う、ううん。その、衣装を着てみると気持ちが変わるなぁって思って……。もっと劇の練習を頑張らないと! って思ったの。せっかくジョエスさんにこんな素敵なドレスを作っていただいたんだもの! ちゃんとそれに応えないとね!」


 改めてしげしげとオディールの衣装を見下ろす。


「こんな大人っぽいデザインのドレスなんて、初めて……」


 いや、そもそもドレスなんて、ハルシエルになってからしか着たことがないけどなっ!


「確かに、大人っぽいドレスのきみを見たのは初めてだな。ふだんのきみの印象とは離れているが……。よく似合っている」


「そ、そう?」


 クレイユ達も「似合っている」って言うことは、俺の審美眼が変なわけじゃないってことだよなっ!? 


 と、クレイユが俺を見下ろし、にこりと笑う。


「デザイナーのジョエス氏の腕前も素晴らしいが……。いつもと印象の違うドレスでも似合うのは、きっと、もともときみが多面的な顔を持っているからなんだろう。きみはいつも……。思いがけない言動をするからな」


 心の底から言っているのがわかるしみじみとした声音。


 そんな風に評されたことなんてなくて、戸惑ってしまう。


 いやっ、もしやこれはアレかっ!? いつの間にか中身の男子高校生部分が外に出ちゃってるぞということかっ!?


 やべぇ……っ! 中身が男子高校生だってバレるのはマズすぎる……っ!


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