297 俺に流れ弾を当てに来るんじゃねぇ――っ!


「もちろん、イゼリア嬢も綺麗だが、美しいのはイゼリア嬢だけでなく……」


「そうだぞ、ハルシエル。きみも負けないほどに綺麗だ」


 リオンハルトに次いで力強く断言されたディオスの言葉に、ぱくんと心臓が跳ねる。


 ちょっ、急にそんな不意打ちなんて――、


「ああ。ディオス先輩の言う通りだ。可憐なきみが黒鳥オディールを演じられるのかと心配していたが……。思わず見惚れてしまうほどの艶麗えんれいさだ」


「ハルシエルちゃん、すごく大人っぽいよ! びっくりしちゃった!」


 クレイユとエキューの予想外の褒め言葉に、さらにどきどきと鼓動が速くなる。


 ちょっ、やめろ――っ!


 今はイゼリア嬢を褒め讃える時間なんだから! 俺に流れ弾を当てに来るんじゃねぇ――っ!


 鏡を見なくても自分の顔が赤くなっているだろうとわかる。


 いや確かにドレスを見た時に、「こんな大人っぽいドレスが、ハルシエルに似合うのかな……?」って不安に思ってたから、似合ってるって言ってもらえてひと安心だけど!


 でもどきどきさせてほしいだなんて、まったく全然! ひとことも言ってねぇ――っ!


 あ、きっとアレだ! イケメンどもも衣装を纏って、やたらとキラキラしい分、台詞の威力もいつもの五割増しになってるからに違いないっ!


「リオンハルト様や皆様もとっても素敵ですわ!」


 イゼリア嬢の弾んだ声に誘われるように、イケメンどもの姿をまじまじと見やる。


 う……っ! 生徒会室に戻ってきた時はイゼリア嬢に見惚れててちゃんと見てなかったけど、改めて見るとイケメンどもの衣装もすげぇ……っ!


 金糸銀糸で刺繍が施されたリオンハルトの青を基調とした衣装は、絵本から飛び出してきた王子様そのものだし、友人役のディオスとエキューの衣装も、それぞれ濃い緑に明るい緑と、瞳の色に合わせた立派なものだ。


 三人が並んでいるだけで、生徒会室がどこかの王城の一室じゃないかと錯覚さっかくしそうになる。


 対して悪役側のヴェリアスとクレイユの衣装はどちらも黒を基調にしているんだが……。


 部下役のクレイユの衣装が羽飾りをつけつつもシャープな印象なのに対し、ロットバルト役のヴェリアスの衣装の派手派手しさがすげぇ……っ!


 差し色に瞳と同じ赤を使い、黒い羽飾りがわさっとついたマントを羽織っている姿は、どこからどう見ても立派な悪役だ。


 何が楽しいのか、にやついた顔をしているのが、悪役っぷりに拍車をかけている。


「いや〜、クレイユが言ってた通り、ハルちゃんが黒鳥オディールだなんて、どんな感じになるのか心配してたけど、まったくの杞憂きゆうだったね♪」


 うんうん、と満足そうに頷いたヴェリアスが、つかつかと俺に歩み寄る。


 かと思うと、イゼリア嬢と重ねていないほうの手を掴まれ、ぐいと引き寄せられた。


「ひゃっ!?」


 イゼリア嬢と手が離れ、たたらを踏んだ俺の身体が、ぽすりとヴェリアスに抱きとめられる。


 もう片方のヴェリアスの手が、くいと俺のあごを持ち上げ。


「わしの可愛いオディール。お前が望むことならば、何でもわしが叶えてやろう」


 吐息がふれそうなほど面輪を寄せたヴェリアスが、俺の目を真っ直ぐに見つめて告げる。


「っ!?」


 息を飲んだ顔が、一瞬で熱を持つ。


 妖しげな光をたたえた紅の瞳から、魅入られたように目が離せない。


 な……っ、なんで急にロットバルトの台詞を言い出すんだよっ!?

 そもそも、この台詞を言う時には、顎くいなんざしないだろうが――っ!


 っていうか、せっかくイゼリア嬢とつなげられてた手を外したことが何より許せんっ!


 掴まれていないほうの手で、顎を掴むヴェリアスの手を振り払おうとした瞬間。


 その手を取られると同時に、肩に手が回り、力づくでヴェリアスから引きはがされる。


「オディール。ロットバルト様の支配から自由になりたいきみの気持ちは知っている。きみが望むなら、わたしはどんなことでも力になろう」


 よろめいた俺を抱きとめ、熱っぽく耳元で囁いたのはクレイユだ。


 クレイユ――っ!? なんでお前までいきなり台詞を言い出すんだよっ!?


 ヴェリアスから離れられたのはいいけど、別にお前ともくっつきたいわけじゃねぇ――っ!


 なんでお前ら二人とも、急に立ち稽古を始めるんだよっ! 何だ!? 合図でもあったのか!?


「これは……っ! 素晴らしいですわっ! きっと誰もが魅力される劇になりますわね!」


 感極まったように声を上げたのはジョエスさんだ。


 胸の前で両手を組んだジョエスさんが、きらきらと輝く瞳で並んで立つ俺やヴェリアス、クレイユを見つめる。


「おひとりおひとりも素敵ですけれど、並び立たれると相乗効果でさらに素敵ですわ……っ! 皆様が並ばれた際にさらに引き立つようなデザインにして、正解でした!」


「だってさ〜、ハルちゃん♪ やっぱりハルちゃんはオレの隣がベストってコトだよね♪」


「何を言っているのですか? ハルシエル嬢の隣にふさわしいのはヴェリアス先輩ではなくわたしのほうでしょう?」


「へぇ~。クレイユってば、今しがたオレを邪魔しただけじゃ飽き足らないってワケ?」


 俺を挟んでヴェリアスとクレイユがばちばちと紫電を纏う視線を交わし合う。


 って、なんでお前らはいっつも俺を挟んでケンカするんだよっ!? 俺を巻き込むなっての――っ!


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