296 イゼリア嬢をエスコートさせてくださいっ!


 イゼリア嬢を説得しようと、俺は必死に言い募る。


「でも、この部屋にいるのは女性ばかりですし、オデット姫をエスコートもなしだなんてわけにはいきませんし……」


 だめですか……っ⁉ お願いですからOKと、言ってくださいっ!


 手を差し伸べたまま、祈るようにじっとアイスブルーの瞳をを見つめていると、イゼリア嬢が諦めたように吐息した。


「仕方がありませんわね。リオンハルト様に迎えに来ていただくわけにもいきませんものね」


 イゼリア嬢の繊手せんしゅが、そっと俺の手のひらに重ねられる。


「っ⁉」


 きゃ――っ! イゼリア嬢の手が! 俺の手に!


 前に一度イゼリア嬢と手をつないだことはあるけど、あれは俺が強引につないだようなものだし、俺から申し出たとはいえ、イゼリア嬢から手をつないでくださるなんて……っ!


 最高ですっ! 素晴らしいですっ! ありがとうございますっ!


 喜びのあまり、ぎゅっとイゼリア嬢の手を握りしめたい衝動をかろうじてこらえる。


 ハルシエルの力とはいえ、イゼリア嬢の白魚のような指に何かあったら大変だもんなっ!


「どうなさいましたの? エスコートしてくださるのではなくて?」


 感動にうち震えていた俺は、イゼリア嬢の冷ややかな声にはっと我に返る。


「は、はいっ! エスコートさせていただきますっ!」


 恭しく一礼し、イゼリア嬢とつないでいないほうの手で自分のスカートをつまんで、どきどきしながら一歩踏み出す。


 心得たようにお姉さんのひとりがさっと前に出て空き部屋の扉を開けてくれた。

 俺に導かれるままにイゼリア嬢も歩き出す。


 廊下を歩むたびに、さやかに鳴る衣ずれの音が耳に届くだけで、俺の心臓の鼓動がさらに高鳴っていく。


 重ねた手のひらから俺がどれほどどきどきしているのか、イゼリア嬢に伝わってしまうんじゃないかと不安になる。


 っていうか大丈夫、俺っ!? 変な手汗でじとっと湿ってたりしていないっ!?


 光り輝くばかりに麗しいイゼリア嬢がすぐ隣を歩いていると思うだけで、幸せで気が遠くなりそうだ。


 ちらっと隣に視線を走らせると、凛と背を伸ばし、真っ直ぐ前を見るイゼリア嬢の横顔が目に入る。


 きゃ――――っ! お綺麗すぎます――――っ!


 俺いま女神のエスコートをしてるっ! つまりここはもう天国っ!


 嗚呼っ、もう永遠に生徒会室に着かなくていいのに……っ!


 と思うも、同じ四階。あっという間に生徒会室へ着いてしまう。


 あああぁ……っ、もう生徒会室に着いちゃうなんて……っ! もっとイゼリア嬢と手を取り合っていたかった……っ!


 イゼリア嬢! 俺と一緒にこれから校内一周でもしませんかっ!?


 断られるだろうと知りつつ、俺がお誘いの言葉を口にするより早く。


「お待たせいたしました。お嬢様方のお支度も整いました」

 ジョエスさんが生徒会室の扉をノックしてしまう。


「皆様、お待たせしてしまいまして申し訳ございませんでした」


 詫びながらジョエスさんが開けてくれた扉をくぐり、イゼリア嬢をエスコートして生徒会室へ入った瞬間。


 イケメンどもがそろって、イゼリア嬢と俺を見て固まった。


 誰のものなのか、鋭く呼気を飲んだ音がしんと静まり返った生徒会室に響く。


 イケメンどもの目は、驚きに見開かれ、まるで時が止まったかのようだ。


 わかるっ! わかるぜ、その気持ちっ!

 イゼリア嬢のこのお美しさ! 感嘆のあまり時も止まっちゃうよなっ!


 またたきも忘れたようにこちらを見つめるイケメンどもに、俺は心の中で、うんうんとドヤ顔で大きく頷く。


 もうこの芸術品もかくやというお美しさっ! 国宝に指定してもいいんじゃねっ!? いや、むしろ人類の至宝と言っても過言じゃないよなっ!


 イケメンども、イゼリア嬢のお美しさにひれ伏すがよいっ! っていうか俺もひれ伏して崇め奉りたいですっ!


 イゼリア嬢のお姿を目に焼きつけようと横顔に熱視線を注いでいると、ほぅっ、といくつもの感嘆のため息が耳に届いた。


「本当に綺麗だね」


 振り返った俺の視線とぶつかったのは、感動にきらめくリオンハルトの碧い瞳だ。


 だろ――っ! もうイゼリア嬢のお美しさは『綺麗』という言葉だけじゃ言い表せないくらいの素晴らしさだろっ!? 幾万の賛美を連ねようと、イゼリア嬢を讃えきれないよなっ!


 沈黙を破ったリオンハルトを皮切りに、他のイケメンどもも次々に口を開く。


「まるで、夢でも見ているようだ。まぶしいほどに綺麗だよ」


 とディオスが凛々しい面輪に甘やかな笑みを浮かべれば、ヴェリアスが、


「ほんっと……。このオレが思わず言葉を失っちゃったぜ……。見るたびに、オレを魅力してくれるね♪」


 とウインクを送ってくる。


「最初、役柄が決まった時には、どうなるかと思っていたが、実際に衣装を着てみるとこれは……」


 と、感嘆のあまりかすれた声で呟いたクレイユに対し、エキューが頬を紅潮させて、


「ハルシエルちゃんもイゼリア嬢も……。本当に綺麗だよ! 思わず見惚れちゃった!」


 と感極まったように声を上げる。


 だよなっ! わかるっ! このお美しさは見惚れずにはいられないよなっ!


「本当にイゼリア嬢のお美しさはただごとではありませんよねっ! まさに理想のオデット姫! いえむしろ天上の美の女神が降臨したと言っても過言ではありませんよねっ!」


 胸にあふれる感動のままに、賛美の言葉を口にする。


 と、なぜかイケメンどもがそろって不思議そうな顔をした。


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