295 わたくしのオデット姫に不満があるのでしたらどうぞ


 まばたきも惜しんでうっとりとイゼリア嬢を見つめていると、イゼリア嬢が麗しい面輪を不愉快げにしかめた。


「まったく……。いったい何ですの? ぺらぺらと話していたかと思えば、じっと黙り込んで……。わたくしに何か言いたいことがあるのでしたら、はっきりおっしゃったらいかが?」


「えっ!? 言ってもいいんですか!?」


 即座に食いつくと、イゼリア嬢がひるんだようにわずかに背を反らせた。が、すぐさまぴんと背筋を伸ばして俺を見返す。


 ああっ! 凛とした表情と気品あふれる立ち姿! 素敵過ぎます……っ!


「ええ。わたくしのオデット姫に不満があるのでしたらどうぞ」


「不満だなんてとんでもありませんっ!」


 挑戦的に放たれた言葉に、即座にかぶりを振る。


「私がお伝えしたいのは、この胸の中に収まりきらない賞賛と感動の言葉の数々ですっ! 本当に、なんてお美しいのでしょうか……っ! まるで天使ですっ! いいえ女神様ですっ! まるで地上に女神様がご降臨されたかのよう……っ! イゼリア嬢が立たれていらっしゃるだけで世界が光り輝き、空気は馥郁ふくいくとかぐわしく薫り、見る者すべての心が喜びで満ちあふれます……っ! 私の心に渦巻きあふれるこの感動をどうすれば少しでもお伝えできるのか……っ! いくら言葉を尽くしても足りませんっ!」


 感動に瞳を潤ませ、声を震わせて懸命に訴えかけると、黙して俺の言葉を聞いていたイゼリア嬢が、ふいっと顔を背けた。


「い、いくら賞賛されても、浮ついた言葉では価値も軽いものですわ! そ、その程度でわたくしの心を動かせるなんて思わないでいただける!?」


 顔を背けたまま告げられたイゼリア嬢の声音は、責め立てるように厳しい。


 けれど……。


 そっぽを向いた耳の先や頬がうっすらと薄紅色に染まっているのは一目瞭然だ。


 きゃ――っ! なんですかこのかわゆいツンデレっ!


 照れてるのが丸わかりで愛らしすぎるんですけどっ! 俺の心臓にトドメを刺しに来てますかっ!?


 ヤバい……っ! もうどきどきしすぎて、喉から萌えと歓喜の叫びだけじゃなくて、心臓まで飛び出しちゃいそう……っ!


 両手で口元を押さえ、気絶するわけにはいかないと気力を振り絞っていると、俺が無言なのをいぶかしく思ったのか、イゼリア嬢がちらりとこちらに視線を向けた。


「ま、まあ……。オルレーヌさんの黒鳥オディールも、見られないことはありませんわね」


 不本意そうな表情ながらも、イゼリア嬢から告げられた承認の言葉に、思わず弾んだ声が出る。


「イゼリア嬢……っ! ありがとうございますっ!」


 と、イゼリア嬢のアイスブルーの瞳がすぐさま吊り上がった。


「か、勘違いしないでくださる!? わたくしが認めたのはあくまでも『プロープル・デュエス』のドレスの素晴らしさですから! べ、別にあなたが素敵だなんてひとことも言っておりませんわ!」


「はいっ! もちろん承知しています! さすが王室御用達デザイナーのジョエスさん! 素晴らしいドレスですよねっ!」


 俺は自分のドレスを見下ろす。黒鳥オディールを演じる俺のドレスは、もちろん黒色だ。


 スカートがふんわりとしたシルエットで可憐極まりないイゼリア嬢のドレスとは対象的に、俺のドレスは、肩が大人っぽいワンショルダーになっており、スカートの形もAラインですっきりした印象だ。


 さらには装飾に使われている黒い羽飾りも、イゼリア嬢がふわふわした羽毛なのに対し、オディールのほうはシャープな風切り羽で、鳥がモチーフなのは同じでも、ヒロインと悪役とで、見る者に与える印象が異なるように工夫されている。


 さすがジョエスさん、芸が細かい……っ!


 感嘆の思いで自分のドレスとイゼリア嬢のお姿をしげしげと見つめていると、満面の笑みを浮かべたジョエスさんが弾んだ声を上げた。


「イゼリア様もハルシエル様も、本当にお美しくていらっしゃいますっ! こんなにお綺麗なお嬢様方の身を飾るドレスをデザインさせていただけたなんて……っ! デザイナー冥利に尽きますわ! ありがとうございます!」


 瞳をきらきらさせてイゼリア嬢と俺を交互に見やるジョエスさんは本当に嬉しそうだ。


 いえいえいえっ! お礼を言いたいのは俺のほうです!


 イゼリア嬢のお美しさをさらに引き立てる素晴らしいドレスを作ってくださり、本当にありがとうございます! いくら感謝してもし足りませんっ!


「こちらこそ、素敵なドレスをありがとうございますっ!」


 深々とジョエスさんに頭を下げたところで、こんこんこん、と遠慮がちに扉が叩かれた。


「ジョエスチーフ、リオンハルト殿下達はお着替えを終えられ、生徒会室でお待ちになられてらっしゃいますが……。お嬢様方のご用意はいかがでしょうか?」


 聞こえてきたのはお姉さん達のひとりの声だ。


「こちらも準備が終わったわ。……イゼリア様、ハルシエル様、生徒会室へ参られますか?」


 ジョエスさんがイゼリア嬢と俺を見て尋ねる。


「わたくしはいつでもよろしくてよ」

「はいっ、私もです!」


 イゼリア嬢に続いて頷いた俺は、さっとイゼリア嬢へ手を差し伸べる。


「イゼリア嬢、お手をどうぞ! どうか私にエスコートさせてください!」


「……どうして女性のあなたにエスコートしてもらう必要がありますの?」


 イゼリア嬢がアイスブルーの瞳をいぶかしげにすがめて、つっけんどんに告げる。


 それはもちろん、俺が麗しのイゼリア嬢のおそばに少しでもいたいからですっ!


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