294 衝立の向こうでイゼリア嬢のお着替えが……っ!


 お姉さん達を必死で押しとどめ、手早く夏服を脱ごうとする。


 その俺の耳にかすかに届いたのは。


 イゼリア嬢が入っている衝立から聞こえてくる衣擦れの音だ。


 きゃ――っ! たとえ目にすることは叶わなくても、イゼリア嬢がいま俺と同じ部屋でお着替えなさっているなんて……っ!


 想像するだけで頭に血がのぼってくらくらしちゃいそう――っ!


 夏の旅行で見たイゼリア嬢の水着姿が脳裏に甦る。


 あの時のイゼリア嬢は、浜辺に現れた海の女神かと思うほどお美しかったなぁ……。


 水着と違って下着にパレオはないから、あの時よりもより露出過多なイゼリア嬢が衝立の向こうに……っ!


 あ、ヤベ。想像するだけで鼻血が出そう……っ!


「あらあら。ハルシエル様どうなさったのですか?」

「わたくし達の手が必要でしたら、遠慮なくお申しつけくださったらよろしいのに」


 動きを止めた俺に、お姉さん達が笑顔で手を伸ばす。


「えっ、あの……っ!?」


 あれよあれよと言う間に手品のように制服を脱がされて下着姿にされてしまう。


 うぅっ、九月だから寒くはないけど、人前で下着姿っていうのは、どうにも恥ずかしすぎる……っ!


「さあ、ハルシエル様。こちらへ入ってくださいませ」


 汚れないように布を敷いてから、ドレスをふんわりと広げたお姉さんが俺を促す。


「お手をどうぞ」


 もう一人のお姉さんが手を差し伸べてくれたものの、手で下着を隠していた俺はその手を取ることなく、えいやっ、とドーナツ状になったドレスの真ん中に飛び込んだ。


 なんていうか……。前にドレスを着た時も思ったけど、スカートがふんわりしているから仕方がないとはいえ、ドレスってジャンプするようにして着るなんて、ハルシエルになる前は予想だにしてなかったぜ……。


 衝立の向こうでイゼリア嬢も同じことをしてるかと思うと、なんかどきどきしちゃうけどっ!


 お姉さん達が二人がかりで俺にドレスを着せてくれる。ファスナーが後ろにあるので、どう頑張ってもひとりでは着られないのだ。


 これ、お姉さん達がいなかったら、俺がイゼリア嬢のドレスを着せてあげられたんだろうか……?


 考えた瞬間、真っ白な背中を俺に向けて、ファスナーを上げやすいようにつやかな黒髪を片方に寄せるイゼリア嬢のお姿が脳裏に浮かんで、鼻血をふきだしそうになる。


 イゼリア嬢の白い背中と細いうなじの合わせ技なんてもう……っ!


 俺を萌え殺す気ですかっ!? ぜひとも見たいですっ!


 ああっ、今だけ俺、ジョエスさんになりたい……っ! 「オルレーヌさん、ありがとう」なんてお礼を言われたら、嬉しさのあまり爆発しちゃいそう……っ!


 俺が妄想に浸っている間にも、お姉さん達はてきぱきと動き、


「ハルシエル様。きついや緩いなど、違和感を感じられるところはございませんか?」


「せっかくですから御髪おぐしをアップにいたしましょう。こちらの椅子におかけくださいませ」


 と、次は俺の髪をいじり始める。


 お姉さん達に言われるがまま、しばらくおとなしく座っていると。


「できましたわ! まあっ、なんて素敵な黒鳥オディールなのでしょう!」

 というお姉さんの叫びと、


「お疲れ様でございました。なんて麗しいオデット姫でございましょう! これはジークフリート王子が一目で恋に落ちるのも当然でございますわね!」


 というジョエスさんの感嘆の声が同時に響いた。


 おおおっ! イゼリア嬢のお着替えも終わったのか……っ!


 見たいっ! 今すぐ見たいです!


「イゼリア嬢! どんなに素敵なお姿なのか拝見させていただけますかっ!?」


 自分のドレスのスカートを両手でわしっと抱え、急いで衝立から出る。


 どきどきしながら、イゼリア嬢が入った衝立を見守っていると――。


「オルレーヌさん? 『プロープル・デュエス』のドレスを着られて浮かれている気持ちはわからなくもありませんけれど、生徒会の一員として、もう少し落ち着きと気品を身につけられたらいかが?」


 冷ややかな声とともに、しずしずとイゼリア嬢が姿を現す。瞬間。


 ぴしゃ――んっ! と特大の雷が俺を打ち据えた。


 白鳥に身を変えさせられたオデット姫にふさわしい白を基調とした可憐なドレス。ふんわりしたスカートに細やかに施された銀糸の刺繍はきらびやかかつ清楚で、イゼリア嬢の美しきをさらに引き立てている。


 白鳥だからだろう、あちらこちらに羽飾りがあしらわれていて、白鳥というよりむしろ天使……っ!


 あれっ⁉ 目の前に天使がいるなんて、俺いつの間に昇天してたのっ⁉


 輝くばかりにお美しいイゼリア嬢をこんな近くでまじまじと見られるなんて……っ! もうここはこの世の天国ですっ!


 複雑に編み込んでアップにされた艶かな黒髪に、ちょこんと載せられた小さめのティアラがこれまた気品と可愛さにあふれていて素晴らしい……っ!


 今すぐ五体投地して崇め奉っていいですかっ⁉


 あっ、でもそうしたらイゼリア嬢のお姿をじっくり見られない……っ!


 もんもんと悩んでいると、イゼリア嬢がアイスブルーの瞳を細めた。


「オルレーヌさん、どうなさったの? わたくしとの格の違いに打ちのめされたのかしら?」


「はい……っ、はいっ! まったくもっておっしゃる通りです……っ!」


 イゼリア嬢の問いかけに壊れた人形みたいにこくこく頷く。


「イゼリア嬢のお美しさに圧倒されて、今にも気絶しそうなほど感動しております……っ! ああっ、なんて麗しいのでしょう……っ! 本当に、オデット姫にふさわしいのはイゼリア嬢しかいらっしゃいませんっ! イゼリア嬢がひとたび舞台にお立ちになれば、観客の目は釘付けになり、馥郁ふくいくたる香りが揺蕩たゆたい、花が咲き乱れ、鳥は歌い……。天国もかくやという素晴らしい場所に変わるに違いありませんっ!」


「……ちょっと。あまりに大袈裟おおげさ過ぎるのではなくって?」


 俺の賛美にイゼリア嬢の目がますます細まる。


「そんなことはございませんっ! まだまだ賛美したりないくらいですからっ!」


 言っていいんでしたら、あと三時間くらいエンドレスでイゼリア嬢を褒めたたえられますっ!


 ほんっと……っ! ほんっとにイゼリア嬢をオデット姫役に推薦してよかったぁ……っ!


 GJグッジョブ俺! 頑張った俺!


 『キラ☆恋』だと、文化祭のシーンでもハルシエルやイケメンどものイベントスチルはあったけど、イゼリア嬢はスチルどころか、立ち絵すらいつもの制服姿だったもんな!


「なんでイゼリア嬢は立ち絵すら変更なしなんだよぉ――っ!」


 って、前世でどれだけ嘆いたか。


 それがっ! こんな風に目の前でオデット姫役のイゼリア嬢のドレス姿を賛美することができるなんて……っ!


 これが文化祭で『白鳥の湖』を推したご褒美だとしたら、ご褒美がすごすぎますっ! 神様女神様仏様、ありがとうございます~っ!


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