292 ドレスの試着ということは……っ!?


「どうしたんだ、ハルシエル?」


 思わずイゼリア嬢とリオンハルトをまじまじと見ていると、ディオスにいぶかしげに尋ねられた。


 はっと我に返り、伝えるべきことがあったから来たのだと思い出す。


「あ、その、『プロープル・デュエス』のジョエスさんが衣装の試作品を持ってこられたので、呼びに来たんですけれど……」


「そうか。ジョエスがもう来たのか。準備が整い次第来ると言っていたが、予想以上に早かったようだね」


「あら。リオンハルト様がおっしゃっていたお客様というのは、ジョエス氏ですの?」


 イゼリア嬢が愛らしく小首をかしげてリオンハルトに尋ねる。

 リオンハルトが答えるより早く、思わず俺は口を挟んでいた。


「そうなんですよ! 衣装の試作品を持ってきてくださったそうなんです! 楽しみですよね〜っ!」


 ほんとイゼリア嬢のオデット姫の衣装はどんなのなんだろう! 早く見たくてわくわくする〜っ!


 声が弾むのを抑えられない。と、イゼリア嬢のアイスブルーの瞳に冷ややかに睨まれた。


「オルレーヌさん? わたくしはリオンハルト様に尋ねたのですけれど? 勝手に答えるなんて、不敬ではありませんこと?」


「す、すみませんっ! 舞い上がってしまって、つい……っ!」


 あわてて深々と頭を下げる。


「まあ、庶民であるオルレーヌさんには、こんな機会でもなければ、王室御用達店のドレスなんて着られないから仕方がないでしょうけれど!」


 おーっほっほ! とイゼリア嬢の高笑いが響く。


 久々の高笑い、いただきました! ありがとうございます!


「イゼリア嬢もドレスを『プロープル・デュエス』で作ってらっしゃるんですか⁉」


「ええ。わたくしほどの家柄となれば、生半可なドレスを着るわけにはいきませんもの。『プロープル・デュエス』のような格式のあるお店でないと……。あら、失礼。こんなことを言っても、庶民のオルレーヌさんには、まったく想像もつかない悩みでしたわね」


 イゼリア嬢がくすりと笑みを浮かべる。


 きゃ――っ! イゼリア嬢が俺に笑いかけてくださるなんてっ! 嬉しいです!

 ああっ、そのお顔、心のアルバムに永久保存します……っ!


「なるほど! そうですよね! 麗しのイゼリア嬢の身を飾るドレスですから! やはり王室御用達店ほどの高級店でないと、並大抵のドレスではイゼリア嬢の生来のお美しさに負けてしまいますもんねっ!」


 イゼリア嬢の言葉に納得してうんうんと頷くと、なぜかアイスブルーの目が不満そうにすがめられた。


 あれ? そういえば前にジョエスさんが、王城の薔薇園でのお茶会で俺が着た薄紅色のドレスは、『プロープル・デュエス』でデザインして用意したって言ってたよな……。


 つまり……。


 同じブランドなら広義の意味でとれば、イゼリア嬢とお揃いってことっ⁉


 ふぉおおっ! イケメンどもから贈られたドレスなんているものかって、お茶会の後はクローゼットの奥にしまいっぱなしだけど、イゼリア嬢と同じブランドなんだと思うと、一気に価値が増す気がする……っ!


 まあ、もう二度とお茶会なんか参加する気はないから、あのドレスを着る機会もないだろうけど……。


「ジョエスが来たのなら、立ち稽古はいったん中断して生徒会室へ戻ろうか」


「ええ、そうですわね。ジークフリート王子の衣装を纏われたリオンハルト様は、どんなにか素敵でしょう。楽しみですわ」


 促したリオンハルトを見上げ、イゼリア嬢がにっこりと微笑む。


 きゃ――っ! イゼリア嬢と同じ気持ちだなんてっ! もしかして、ひとつの目標に切磋琢磨する青春ドラマ効果が早くも出てる!?


 っていうか、同じ気持ちだなんて、これはもう相思相愛って言ってもいいんじゃねっ!? 


「そうですね! 早く行きましょう!」


 イゼリア嬢のドレス姿〜っ♪ きゃ――っ! 超楽しみ〜♪


 いや~っ、ほんとどんなドレスだろうなっ! やっぱりオデット姫のイメージに合わせて白いドレスなのかな!?


 早く試着したお姿を見てみたい……っ!


 と、ふと心の片隅で何かが引っかかる。


 …………ん? 試着?


 ……………………待って。待って、ちょっと待って!?


 イゼリア嬢はもちろん、女性。そして俺も、中身はともかく外見はどうこからどう見ても女性。


 ということはっ!?


 もしかしてもしかしなくても、俺とイゼリア嬢で一緒のお部屋でお着替え……っ!?


 ばくんっ! と喉から心臓が飛び出すんじゃないかと思うくらい、鼓動が跳ねる。


 ……え? 待って待って。


 そんなっ! イゼリア嬢と一緒にお着替えなんて……っ! いや確かに一緒に旅行したり、パジャマも見合った仲だけど!


 でもでもそんな……っ! 何の心の準備もできてないのに一緒の部屋でお着替えなんて……っ!


 俺とイゼリア嬢は清く正しい関係なんです〜っ!


 いやでも、こんなビッグチャンスなんて今後起こるかどうかわかんないよなっ!?


 もしかしたら、文化祭本番の時に同じ楽屋だったらありえるかもしれないけれど、当日は緊張でそれどころじゃないだろうし……。


 やっぱり今日が最後で最大のチャンス!?


 もんもんもんと頭から煙が出るんじゃないかというくらい思い悩む。


 中身はともかく、外見はハルシエルなんだから一緒にお着替えしてもセーフ!? それとも中身が男子高校生の俺の時点でアウト!? ねぇ神様どっち!?


 うぉおおおおおっ! 俺はどうすればいいんだぁ――っ!


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